の盤の
何と立派でおいしいことよ
裏にはみんな曲った松を浮き出して、
表は点の括り字で「大」といふ字を鋳出してある
この大の字はこのせんべいが大きいといふ広告なのか
あの人の名を大蔵とでも云ふのだらうか
さうでなければどこかで買った古型だらう
たしかびっこをひいてゐた
発破で足をけがしたために
生れた村の入口で
せんべいなどを焼いてくらすといふこともある
白銅一つごくていねいに受けとって
がさがさこれを数へてゐたら
赤髪のこどもがそばから一枚くれといふ
人は腹ではくつくつわらひ
顔はしかめてやぶけたやつを見附けてやった
林は西のつめたい風の朝
頭の上にも曲った松がにょきにょき立って
白い小麦のこのパンケーキのおいしさよ
競馬の馬がはうれん草を食ふやうに
アメリカ人がアスパラガスを喰ふやうに
すきとほった風といっしょにむさぼりたべる
こんなのをこそ speisen とし云ふべきだ
   ……雲はまばゆく奔騰し
     野原の遠くで雷が鳴る……
林のバルサムの匂を呑み
あたらしいあさひの蜜にすかして
わたくしはこの終りの白い大の字を食ふ
[#改ページ]

  五一九  春
[#地付き]一九二五、四、一二、

烈しいかげろふの波のなかを、
紺の麻着た肩はゞひろいわかものが
何かゆっくりはぎしりをして行きすぎる、
どこかの愉快な通商国へ
挨拶をしに出掛けるとでもいふ風だ
   ……あをあを燃える山の雪……
かれくさもゆれ笹もゆれ
こんがらかった遠くの桑のはたけでは
煙の青い lento もながれ
崖の上ではこどもの凧の尾もひかる
   ……ひばりの声の遠いのは
     そいつがみんな
     かげろふの行く高いところで啼くためだ……
ぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっはぎしりをして
ひとは林にはひって行く
[#改ページ]

  五二〇
[#地付き]一九二五、四、一八、

地蔵堂の五本の巨杉《すぎ》が
まばゆい春の空気の海に
もくもくもくもく盛りあがるのは
古い怪《け》性の青唐獅子の一族が
ここで誰かの呪文を食って
仏法守護を命ぜられたといふかたち
   ……地獄のまっ黒けの花椰菜め!
     そらをひっかく鉄の箒め!……
地蔵堂のこっちに続き
さくらもしだれの柳も匝《めぐ》る
風にひなびた天台|寺《でら》は
悧発で純な三年生の寛の家
寛がいまより小さなとき
鉛いろした障子だの
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