った感情を嫌ひますので
もし万一にもわたくしにもっと仕事をご期待なさるお方は
同人になれと云ったり
原稿のさいそくや集金郵便をお差し向けになったり
わたくしを苦しませぬやうおねがひしたいと存じます
けだしわたくしはいかにもけちなものではありますが
自分の畑も耕せば
冬はあちこちに南京ぶくろをぶらさげた水稲肥料の設計事務所も出して居りまして
おれたちは大いにやらう約束しようなどといふことよりは
も少し下等な仕事で頭がいっぱいなのでございますから
さう申したとて別に何でもありませぬ
北上川が一ぺん氾濫しますると
百万疋の鼠が死ぬのでございますが
その鼠らがみんなやっぱりわたくしみたいな云ひ方を
生きてるうちは毎日いたして居りまするのでございます
[#改ページ]

  二  空明と傷痍
[#地付き]一九二四、二、二〇、

※[#「景+頁」、第3水準1−94−5]気の海の青びかりする底に立ち
いかにもさういふ敬虔な風に
一きれ白い紙巻煙草《シガーレット》を燃すことは
月のあかりやらんかんの陰画
つめたい空明への貢献である
   ……ところがおれの右|掌《て》の傷は
     鋼青いろの等寒線に
     わくわくわくわく囲まれてゐる……
しかればきみはピアノを獲るの企画をやめて
かの中型のヴァイオルをこそ弾くべきである
燦々として析出される氷晶を
総身浴びるその謙虚なる直立は
営利の社団 賞を懸けての広告などに
きほひ出づるにふさはしからぬ
   ……ところがおれのてのひらからは
     血がまっ青に垂れてゐる……
  月をかすめる鳥の影
  電信ばしらのオルゴール
  泥岩を噛む水瓦斯と
  一列黒いみをつくし
   ……てのひらの血は
     ぽけっとのなかで凍りながら
     たぶんぼんやり燐光をだす……
しかも結局きみがこれらの忠言を
気軽に採択できぬとすれば
その厳粛な教会風の直立も
気海の底の一つの焦慮の工場に過ぎぬ
月賦で買った緑青いろの外套に
しめったルビーの火をともし
かすかな青いけむりをあげる
一つの焦慮の工場に過ぎぬ
[#改ページ]

  一四
[#地付き]一九二四、三、二四、

湧水《みづ》を呑まうとして
犬の毛皮の手袋などを泥に落し
あわててぴちゃぴちゃ
きれいな cress の波で洗ったりするものだから
きせるをくはへたり
日光に当ったりし
前へ 次へ
全53ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング