はひとつの海蝕台地
古い劫《カルパ》の紀念碑である……
たよりなくつけられたそのみちをよぢ
憔悴苦行の梵土をまがふ
坎※[#「土へん+可」、第3水準1−15−40]な高原住者の隊が
一れつ蔭いろの馬をひいて
つめたい宙のけむりに消える
[#改ページ]
四六 山火
[#地付き]一九二四、四、六、
血紅の火が
ぼんやり尾根をすべったり
またまっ黒ないたゞきで
奇怪な王冠のかたちをつくり
焔の舌を吐いたりすれば
瑪瑙の針はげしく流れ
陰気な柳の髪もみだれる
……けたたましくも吠え立つ犬と
泥灰岩《マール》の崖のさびしい反射……
或いはコロナや破けた肺のかたちに変る
この恐ろしい巨きな夜の華の下
(夫子夫子あなたのお目も血に染みました)
酔って口口罵りながら
村びとたちが帰ってくる
[#改ページ]
五二 嬰児
[#地付き]一九二四、四、一〇、
なにいろをしてゐるともわからない
ひろぉいそらのひととこで
縁《へり》のまばゆい黒雲が
つぎからつぎと爆発される
(そらたんぽぽだ
しっかりともて)
それはひとつづついぶった太陽の射面を過ぎて
いっぺんごとにおまへを青くかなしませる
……そんなら雲がわるいといって
雲なら風に消されたり
そのときどきにひかったり
たゞそのことが雲のこころといふものなのだ……
そしてひとでもおんなじこと
鳥は矢羽のかたちになって
いくつも杉の梢に落ちる
[#改ページ]
五三 休息
[#地付き]一九二四、四、一〇、
風はうしろの巨きな杉や
わたくしの黄いろな仕事着のえりを
つぎつぎ狼の牙にして過ぎるけれども
わたくしは白金の百合のやうに
……三本鍬の刃もふるへろ……
ほのかにねむることができる
[#改ページ]
六九
[#地付き]一九二四、四、一九、
どろの木の下から
いきなり水をけたてて
月光のなかへはねあがったので
狐かと思ったら
例の原始の水きねだった
横に小さな小屋もある
粟か何かを搗くのだらう
水はたうたうと落ち
ぼそぼそ青い火を噴いて
きねはだんだん下りてゐる
水を落してまたはねあがる
きねといふより一つの舟だ
舟といふより一つのさじだ
ぼろぼろ青くまたやってゐる
どこかで鈴が鳴ってゐる
丘も峠もひっそりとして
そこらの草は
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