、おれぁの家さ降った。うなぃの家さ降ったが。」善コが云ひました。
「うん、降った。」
それから二人は善コのお母さんが持って来た蓆《むしろ》の上に座りました。お母さんたちはうしろで立って談《はな》してゐます。
二人はむしろに座って、
「わあああああああああ。」と云ひながら両手で耳を塞《ふさ》いだりあけたりして遊びました。ところが不思議なことは、「わああああん[#「ん」は小書き]ああああ。」と云はないでも、両手で耳を塞いだりあけたりしますと、
「カーカーココーコー、ジャー。」といふ水の流れるやうな音が聞えるのでした。
「ぢゃ、汝《うな》、あの音ぁ何の音だが覚《おべ》だが。」
と嘉ッコが云ひました。善コもしばらくやって見てゐましたが、やっぱりどうしてもそれがわからないらしく困ったやうに、
「奇体だな。」と云ひました。
その時丁度嘉ッコのお母さんが畦《あぜ》の向ふの方から豆を抜きながらだんだんこっちへ来ましたので、嘉ッコは高く叫びました。
「母《があ》、かう云《ゆ》にしてガアガアど聞えるものぁ何だべ。」
「西根山《にしねやま》の滝の音さ。」お母さんは豆の根の土をばたばた落しながら云ひました。二人は西根山の方を見ました。けれどもそこから滝の音が聞えて来るとはどうも思はれませんでした。
お母さんが向ふへ行って今度はおばあさんが来ました。
「ばさん。かう云《ゆ》にしてガアガアコーコーど鳴るものぁ何だべ。」
おばあさんはやれやれと腰をのばして、手の甲で額を一寸《ちょっと》こすりながら、二人の方を見て云ひました。
「天《あま》の邪鬼《しゃぐ》の小便《しょんべ》の音さ。」
二人は変な顔をしながら黙ってしばらくその音を呼び寄せて聞いてゐましたが、俄《には》かに善コがびっくりする位叫びました。
「ほう、天の邪鬼の小便ぁ永ぃな。」
そこで嘉ッコが飛びあがって笑っておばあさんの所に走って行って云ひました。
「アッハッハ、ばさん。天の邪鬼の小便ぁたまげだ永ぃな。」
「永ぃてさ、天の邪鬼ぁいっつも小便、垂れ通しさ。」とおばあさんはすまして云ひながら又豆を抜きました。嘉ッコは呆《あき》れてぼんやりとむしろに座りました。
お日さまはうすい白雲にはひり、黒い鳥が高く高く環《わ》をつくってゐます。その雲のこっち、豆の畑の向ふを、鼠《ねずみ》色の服を着て、鳥打をかぶったせいのむやみに高い男が、なにかたくさん肩にかついで大股《おほまた》に歩いて行きます。
「兵隊さん。」善コが叫びながらそっちへかけ出しました。
「兵隊さん[#「ん」は小書き]だなぃ。鉄砲持ってなぃぞ。」嘉ッコも走りながら云ひました。
「兵隊さん。」善コが又叫びました。
「兵隊さんだなぃ。鉄砲持ってなぃぞ。」けれどもその時は二人はもう旅人の三間ばかりこっちまで来てゐました。
「兵隊さん。」善コは又叫んでからをかしな顔をしてしまひました。見るとその人は赤ひげで西洋人なのです。おまけにその男が口を大きくして叫びました。
「グルルル、グルウ、ユー、リトル、ラズカルズ、ユー、プレイ、トラウント、ビ、オッフ、ナウ、スカッド、アウヰ[#「ヰ」は小書き]イ、テゥ、スクール。」
と雷のやうな声でどなりました。そこで二人はもうグーとも云はず、まん円になって一目散に逃げました。するとうしろではいかにも面白さうに高く笑ふ声がします。向ふの方ではお母さんたちが心配さうに手をかざしてこっちを見てゐましたが、やがて一寸おじぎをしました。二人は振り返って見ますとその鼠色の旅人も笑ひながら帽子をとっておじぎをして居《を》りました。そして又大股に向ふに歩いて行ってしまひました。
お日さまが又かっと明るくなり、二人はむしろに座ってひばりもゐないのに、
「ひばり焼げこ、ひばりこんぶりこ、」なんて出鱈目《でたらめ》なひばりの歌を歌ってゐました。
そのうちに嘉ッコ[#底本は「嘉っこ」]がふと思ひ出したやうに歌をやめて、一寸顔をしかめましたが、俄かに云ひました。
「ぢゃ、うなぃの爺《ぢ》ん[#「ん」は小書き]ごぁ、酔ったぐれだが。」
「うんにゃ、おれぁの爺ん[#「ん」は小書き]ごぁ酔ったぐれだなぃ。」善コが答へました。
「そだら、うなぃの爺ん[#「ん」は小書き]ごど俺ぁの爺ん[#「ん」は小書き]ごど、爺ん[#「ん」は小書き]ご取っ換へ[#「へ」は小書き]だらいがべぢゃぃ。取っ換へ[#「へ」は小書き]なぃどが。」嘉ッコがこれを云ふか云はないにウンと云ふくらゐひどく耳をひっぱられました。見ると嘉ッコのおぢいさんがけらを着て章魚《たこ》のやうな赤い顔をして嘉ッコを上から見おろしてゐるのでした。
「なにしたど。爺ん[#「ん」は小書き]ご取っ換へ[#「へ」は小書き]るど。それよりもうなのごと山山のへっぴり伯父《をぢ》さ呉《け》でやるべが
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