が張ってあるやうな気がするのです。それですから、嘉ッコはますます大よろこびです。
 けれどもたうとう、そのすきとほるガラス函《ばこ》もこはれました。それはお母さんやおばあさんがこっちへ来ましたので、嘉ッコが「ダア。」と云ひながら、両手をあげたものですから、小さなみそさざいどもは、みんなまるでまん円になって、ぼろんと飛んでしまったのです。
 さてみそさざいも飛びましたし、嘉ッコは走って街道に出ました。
 電信ばしらが、
「ゴーゴー、ガーガー、キイミイガアアヨオワア、ゴゴー、ゴゴー、ゴゴー。」とうなってゐます。
 嘉ッコは街道のまん中に小さな腕を組んで立ちながら、松並木のあっちこっちをよくよく眺《なが》めましたが、松の葉がパサパサ続くばかり、そのほかにはずうっとはづれのはづれの方に、白い牛のやうなものが頭だか足だか一寸出してゐるだけです。嘉ッコは街道を横ぎって、山の畑の方へ走りました。お母さんたちもあとから来ます。けれども、この路《みち》ならば、お母さんよりおばあさんより、嘉ッコの方がよく知ってゐるのでした。路のまん中に一寸顔を出してゐる円いあばたの石ころさへも、嘉ッコはちゃんと知ってゐるのでした。厭《あ》きる位知ってゐるのでした。
 嘉ッコは林にはひりました。松の木や楢《なら》の木が、つんつんと光のそらに立ってゐます。
 林を通り抜けると、そこが嘉ッコの家の豆畑でした。
 豆ばたけは、今はもう、茶色の豆の木でぎっしりです。
 豆はみな厚い茶色の外套《ぐわいたう》を着て、百列にも二百列にもなって、サッサッと歩いてゐる兵隊のやうです。
 お日さまはそらのうすぐもにはひり、向ふの方のすゝきの野原がうすく光ってゐます。
 黒い鳥がその空の青じろいはてを、なゝめにかけて行きました。
 お母さんたちがやっと林から出て来ました。それから向ふの畑のへりを、もう二人の人が光ってこっちへやって参ります。一人は大きく一人は黒くて小さいのでした。
 それはたしかに、隣りの善《ぜん》コと、そのお母さんとにちがひありません。
「ホー、善コォ。」嘉ッコは高く叫びました。
「ホー。」高く返事が響いて来ます。そして二人はどっちからもかけ寄って、丁度畑の堺《さかひ》で会ひました。善コの家の畑も、茶色外套の豆の木の兵隊で一杯です。
「汝《うな》ぃの家さ、今朝、霜降ったが。」と嘉ッコがたづねました。
「霜ぁ
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