れい》もあるかと柏林《かしわばやし》の測量《そくりょう》にとりかかっております」
 「ふう。正※[#「※」は「偏」のにんべんが行にんべん、第3水準1−84−34、83−5]知《しょうへんち》のお徳《とく》は風のようにみんなの胸《むね》に充《み》ちる。あしたの朝はヒームキャの河《かわ》の岸《きし》までわしがお迎《むか》えに出よう。みなにそう伝《つた》えてくれ。お前は夜明の五時に参《まい》れ」
 「かしこまりました」白髯《しろひげ》の大臣《だいじん》はよろこんで子供《こども》のように顔を赤くして王さまの前を退《さ》がりました。
 次の夜明になりました。
 王様《おうさま》は帳《とばり》の中で総理大臣《そうりだいじん》のしずかにはいって来る足音を聴《き》いてもう起《お》きあがっていられました。
 「申《もう》し上げます。ただいまちょうど五時でございます」
 「うん、わしはゆうべ一晩《ひとばん》ねむらなかった。けれども今朝《けさ》わしのからだは水晶《すいしょう》のようにさわやかだ。どうだろう、天気は」王さまは帳《とばり》を出てまっすぐに立たれました。
 「大へんにいい天気でございます。修彌山《しゅみせん》の南側《みなみがわ》の瑠璃《るり》もまるですきとおるように見えます。こんな日|如来正※[#「※」は「偏」のにんべんが行にんべん、第3水準1−84−34、83−16]知《にょらいしょうへんち》はどんなにお立派《りっぱ》に見えましょう」
 「いいあんばいだ。街《まち》は昨日《きのう》の通りさっぱりしているか」
 「はい、阿耨達湖《アノブダブこ》の渚《なぎさ》のようでございます」
 「斎食《とき》のしたくはいいか」
 「もうすっかりできております」
 「柏林《かしわばやし》の造営《ぞうえい》はどうだ」
 「今朝《けさ》のうちには大丈夫《だいじょうぶ》でございます。あとはただ窓《まど》をととのえて掃除《そうじ》するだけでございます」
 「そうか。ではしたくしよう」
 王さまはみんなを従《したが》えてヒームキャの川岸《かわぎし》に立たれました。
 風がサラサラ吹《ふ》き木の葉《は》は光りました。
 「この風はもう九月の風だな」
 「さようでございます。これはすきとおったするどい秋《あき》の粉《こな》でございます。数知れぬ玻璃《はり》の微塵《みじん》のようでございます」
 「百合《ゆり》はもう咲《さ》いたか」
 「蕾《つぼみ》はみんなできあがりましてございます。秋風《あきかぜ》の鋭《するど》い粉《こな》がその頂上《ちょうじょう》の緑《みどり》いろのかけ金《がね》を削《けず》って減《へ》してしまいます。今朝《けさ》一斉《いっせい》にどの花も開くかと思われます」
 「うん。そうだろう。わしは正※[#「※」は「偏」のにんべんが行にんべん、第3水準1−84−34、84−15]知《しょうへんち》に百合《ゆり》の花をささげよう。大蔵大臣《おおくらだいじん》。お前は林へ行って百合《ゆり》の花を一茎《ひとくき》見つけて来てくれないか」
 王さまは黒髯《くろひげ》に埋《う》まった大蔵大臣《おおくらだいじん》に言《い》われました。
 「はい。かしこまりました」
 大蔵大臣《おおくらだいじん》はひとり林の方へ行きました。林はしんとして青く、すかして見ても百合《ゆり》の花は見えませんでした。
 大臣《だいじん》は林をまわりました。林の陰《かげ》に一|軒《けん》の大きなうちがありました。日がまっ白に照《て》って家は半分《はんぶん》あかるく夢《ゆめ》のように見えました。その家の前の栗《くり》の木の下に一人のはだしの子供《こども》がまっ白な貝細工《かいざいく》のような百合《ゆり》の十の花のついた茎《くき》をもってこっちを見ていました。
 大臣《だいじん》は進《すす》みました。
 「その百合《ゆり》をおれに売れ」
 「うん売るよ」子供《こども》は唇《くちびる》をまるくして答えました。
 「いくらだ」大臣《だいじん》が笑《わら》いながらたずねました。
 「十|銭《せん》」子供《こども》が大きな声で勢《いきおい》よく言《い》いました。
 「十|銭《せん》は高いな」大臣《だいじん》はほんとうに高いと思いながら言《い》いました。
 「五|銭《せん》」子供《こども》がまた勢《いきおい》よく答えました。
 「五|銭《せん》は高いな」大臣《だいじん》はまだほんとうに高いと思いながら笑《わら》って言《い》いました。
 「一|銭《せん》」子供《こども》が顔をまっ赤にして叫《さけ》びました。
 「そうか。一|銭《せん》。それではこれでいいだろうな」大臣《だいじん》は紅宝玉《ルビー》の首《くび》かざりをはずしました。
 「いいよ」子供《こども》は赤い石を見てよろこんで叫《さけ》びました。大臣《だいじ
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