にしよう。安心しな。」すると外の支那人は、やっと胸をなでおろしたらしく、ほおという息の声も、ぽんぽんと足を叩《たた》いている音も聞こえました。それから支那人は、荷物をしょったらしく、薬の紙箱は、互《たがい》にがたがたぶっつかりました。
「おい、誰だい。さっきおれにものを云いかけたのは。」
 山男が斯《こ》う云いましたら、すぐとなりから返事がきました。
「わしだよ。そこでさっきの話のつづきだがね、おまえは魚屋の前からきたとすると、いま鱸《すずき》が一|匹《ぴき》いくらするか、またほしたふかのひれが、十|両《テール》に何|片《ぎん》くるか知ってるだろうな。」
「さあ、そんなものは、あの魚屋には居なかったようだぜ。もっとも章魚《たこ》はあったがなあ。あの章魚の脚つきはよかったなあ。」
「へい。そんないい章魚かい。わしも章魚は大すきでな。」
「うん、誰だって章魚のきらいな人はない。あれを嫌《きら》いなくらいなら、どうせろくなやつじゃないぜ。」
「まったくそうだ。章魚ぐらいりっぱなものは、まあ世界中にないな。」
「そうさ。お前はいったいどこからきた。」
「おれかい。上海《しゃんはい》だよ。」

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