した。それでも日光は行李の目からうつくしくすきとおって見えました。
(とうとう※[#「穴かんむり/牛」、第4水準2−83−13]《ろう》におれははいった。それでもやっぱり、お日さまは外で照っている。)山男はひとりでこんなことを呟《つぶ》やいて無理にかなしいのをごまかそうとしました。するとこんどは、急にもっとくらくなりました。
(ははあ、風呂敷《ふろしき》をかけたな。いよいよ情けないことになった。これから暗い旅になる。)山男はなるべく落ち着いてこう言いました。
すると愕《おど》ろいたことは山男のすぐ横でものを言うやつがあるのです。
「おまえさんはどこから来なすったね。」
山男ははじめぎくっとしましたが、すぐ、
(ははあ、六神丸というものは、みんなおれのようなぐあいに人間が薬で改良されたもんだな。よしよし、)と考えて、
「おれは魚屋の前から来た。」と腹に力を入れて答えました。すると外から支那人が噛《か》みつくようにどなりました。
「声あまり高い。しずかにするよろしい。」
山男はさっきから、支那人がむやみにしゃくにさわっていましたので、このときはもう一ぺんにかっとしてしまいました。
「何だと。何をぬかしやがるんだ。どろぼうめ。きさまが町へはいったら、おれはすぐ、この支那人はあやしいやつだとどなってやる。さあどうだ。」
支那人は、外でしんとしてしまいました。じつにしばらくの間、しいんとしていました。山男はこれは支那人が、両手を胸で重ねて泣いているのかなともおもいました。そうしてみると、いままで峠《とうげ》や林のなかで、荷物をおろしてなにかひどく考え込《こ》んでいたような支那人は、みんなこんなことを誰《たれ》かに云《い》われたのだなと考えました。山男はもうすっかりかあいそうになって、いまのはうそだよと云おうとしていましたら、外の支那人があわれなしわがれた声で言いました。
「それ、あまり同情ない。わたし商売たたない。わたしおまんまたべない。わたし往生する、それ、あまり同情ない。」山男はもう支那人が、あんまり気の毒になってしまって、おれのからだなどは、支那人が六十銭もうけて宿屋に行って、鰯《いわし》の頭や菜っ葉|汁《じる》をたべるかわりにくれてやろうと思いながら答えました。
「支那人さん、もういいよ。そんなに泣かなくてもいいよ。おれは町にはいったら、あまり声を出さないよう
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