」、第4水準2−83−13]《らう》におれははひつた。それでもやつぱり、お日さまは外で照つてゐる。)山男はひとりでこんなことを呟《つぶ》やいて無理にかなしいのをごまかさうとしました。するとこんどは、急にもつとくらくなりました。
(ははあ、風呂敷《ふろしき》をかけたな。いよいよ情けないことになつた。これから暗い旅になる。)山男はなるべく落ち着いてかう言ひました。
すると愕《おど》ろいたことは山男のすぐ横でものを言ふやつがあるのです。
「おまへさんはどこから来なすつたね。」
山男ははじめぎくつとしましたが、すぐ、
(ははあ、六神丸といふものは、みんなおれのやうなぐあひに人間が薬で改良されたもんだな。よしよし、)と考へて、
「おれは魚屋の前から来た。」と腹に力を入れて答へました。すると外から支那人が噛《か》みつくやうにどなりました。
「声あまり高い。しづかにするよろしい。」
山男はさつきから、支那人がむやみにしやくにさはつてゐましたので、このときはもう一ぺんにかつとしてしまひました。
「何だと。何をぬかしやがるんだ。どろぼうめ。きさまが町へはひつたら、おれはすぐ、この支那人はあやしいやつだとどなつてやる。さあどうだ。」
支那人は、外でしんとしてしまひました。じつにしばらくの間、しいんとしてゐました。山男はこれは支那人が、両手を胸で重ねて泣いてゐるのかなとおもひました。さうしてみると、いままで峠や林のなかで、荷物をおろしてなにかひどく考へ込んでゐたやうな支那人は、みんなこんなことを誰《たれ》かに云《い》はれたのだなと考へました。山男はもうすつかりかあいさうになつて、いまのはうそだよと云はうとしてゐましたら、外の支那人があはれなしはがれた声で言ひました。
「それ、あまり同情ない。わたし商売たたない。わたしおまんまたべない。わたし往生する、それ、あまり同情ない。」山男はもう支那人が、あんまり気の毒になつてしまつて、おれのからだなどは、支那《しな》人が六十銭まうけて宿屋に行つて、鰯《いわし》の頭や菜つ葉汁をたべるかはりにくれてやらうとおもひながら答へました。
「支那人さん、もういゝよ。そんなに泣かなくてもいゝよ。おれは町にはひつたら、あまり声を出さないやうにしよう。安心しな。」すると外の支那人は、やつと胸をなでおろしたらしく、ほおといふ息の声も、ぽんぽんと足を叩《たた》い
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