。もし、ぜんたい、してしまはなかった人があっても、やはりその儘《まま》、持って来るのです。すっかりしてしまはなかった人は手をあげて。」
誰も上げません。
「さうです。皆さんは立派な生徒です。休み中、みなさんは何をしましたか。そのうちで一番面白かったことは何ですか。達二さん。」
「おぢいさんと仔馬を集めに行ったときです。」
「よろしい。大へん結構です。楢夫さん。あなたはお休みの間に、何が一番楽しかったのですか。」
「剣舞《けんばひ》です。」
「剣舞をあなたは踊ったのですか。」
「さうです。」
「どこでですか。」
「伊佐戸《いさど》やあちこちです。」
「さうですか。まあよろしい。お座りなさい。みなさん。外にも剣舞に出た人はありますか。」
「先生、私も出ました。」
「先生、私も出ました。」
「達二さんも、さうですか。よろしい。みなさん。剣舞は決して悪いことではありません。けれども、勿論《もちろん》みなさんの中にそんな方はないでせうが、それでお銭《あし》を貰《もら》ったりしてはなりません。みなさんは、立派な生徒ですから。」
「先生。私はお銭を貰ひません。」
「よろしい。さうです。それから……。」
達二は、眼を開きました。みんな夢でした。冷たい霧や雫《しずく》が額に落ちました。空は霧で一杯で、なんにも見えません。俄《には》かに明るくなったり暗くなったりします。一本のつりがねさうが、身体《からだ》を屈《かが》めて、達二をいたはりました。
そして達二は又うとうとしました。そこで霧が生温《なまぬる》い湯のやうになったのです。可愛らしい女の子が達二を呼びました。
「おいでなさい。いゝものをあげませう。そら。干した苹果《りんご》ですよ。」
「ありがど、あなたはどなた。」
「わたし誰でもないわ。一緒に向ふへ行って遊びませう。あなた驢馬《ろば》を有《も》ってゐて。」
「驢馬は持ってません。只《ただ》の仔馬ならあります。」
「只の仔馬は大きくて駄目《だめ》だわ。」
「そんなら、あなたは小鳥は嫌《きら》ひですか。」
「小鳥。わたし大好きよ。」
「あげませう。私はひはを有ってゐます。ひはを一|疋《ぴき》あげませうか。」
「えゝ。欲しいわ。」
「あげませう。私今持って来ます。」
「えゝ、早くよ。」
達二は、一生懸命、うちへ走りました。美しい緑色の野原や、小さな流れを、一心に走りました。野原
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