見えなくなってしまいました。
達二はその見世物の看板を指さしながら、声をひそめて言いました。
「お前はこの見世物にはいったのかい。こいつはね、空気獣だなんていってるが、実はね、牛の胃袋に空気をつめたものだそうだよ。こんなものにはいるなんて、おまえはばかだな」
亮二がぼんやりそのおかしな形の空気獣の看板を見ているうちに、達二が又言いました。
「おいらは、まだおみこしさんを拝んでいないんだ。あした又会うぜ」そして片脚で、ぴょんぴょん跳ねて、人ごみの中にはいってしまいました。
亮二も急いでそこをはなれました。その辺一ぱいにならんだ屋台の青い苹果《りんご》や葡萄《ぶどう》が、アセチレンのあかりできらきら光っていました。
亮二は、アセチレンの火は青くてきれいだけれどもどうも大蛇《だいじゃ》のような悪い臭《におい》がある、などと思いながら、そこを通り抜けました。
向うの神楽殿《かぐらでん》には、ぼんやり五つばかりの提灯《ちょうちん》がついて、これからおかぐらがはじまるところらしく、てびらがねだけしずかに鳴っておりました。(昌一《しょういち》もあのかぐらに出る)と亮二は思いながら、しばらくぼんやりそこに立っていました。
そしたら向うのひのきの陰の暗い掛茶屋の方で、なにか大きな声がして、みんながそっちへ走って行きました。亮二も急いでかけて行って、みんなの横からのぞき込みました。するとさっきの大きな男が、髪をもじゃもじゃして、しきりに村の若い者にいじめられているのでした。額から汗を流してなんべんも頭を下げていました。
何か言おうとするのでしたが、どうもひどくどもってしまって語《ことば》が出ないようすでした。
てかてか髪をわけた村の若者が、みんなが見ているので、いよいよ勢いよくどなっていました。
「貴様※[#小書き平仮名ん、73−12]みたいな、よそから来たものに馬鹿《ばか》にされて堪《たま》っか。早く銭を払え、銭を。ないのか、この野郎。ないなら何《な》して物食った。こら」
男はひどくあわてて、どもりながらやっと言いました。
「た、た、た、薪《たきぎ》百|把《ぱ》持って来てやるがら」
掛茶屋の主人は、耳が少し悪いとみえて、それをよく聞きとりかねて、かえって大声で言いました。
「何だと。たった二串《ふたくし》だと。あたりまえさ。団子の二串やそこら、くれてやってもいいの
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