たので。」
「さうか。そのわなは何をとる為《ため》だ。」
「鶏です。」
「あゝ呆《あき》れたやつだ。困ったもんだ。」と獅子《しし》は大きくため息をつきました。狐《きつね》もおいおい泣きだしました。
 向ふから白熊《しろくま》が一目散に走って来ます。獅子は道へステッキをつき出して呼びとめました。
「とまれ、白熊、とまれ。どうしたのだ。ひどくあわててゐるではないか。」
「はい。象めが私の鼻を延ばさうとしてあんまり強く引っ張ります。」
「ふん、さうか。けがは無いか。」
「鼻血を沢山出しました。そして卒倒しました。」
「ふん。さうか。それ位ならよからう。しかしお前は象の弟子にならうといったのか。」
「はい。」
「さうか。あんなに鼻が延びるには天才でなくてはだめだ。引っぱる位でできるもんぢゃない。」
「はい。全くでございます。あ、追ひかけて参りました。どうかよろしくおねがひ致します。」
 白熊は獅子のかげにかくれました。
 象が地面をみしみし云はせて走って来ましたので獅子が又ステッキを突き出して叫びました。
「とまれ、象。とまれ。白熊はこゝに居る。お前は誰《たれ》をさがしてゐるんだ。」
「白熊です。私の弟子にならうと云ひます。」
「うん。さうか。しかし白熊はごく温和《おとな》しいからお前の弟子にならなくてもよからう。白熊は実に無邪気な君子だ。それよりこの狐を少し教育してやって貰《もら》ひたいな。せめてうそをつかない位迄な。」
「さうですか。いや、承知いたしました。」
「いま毛をみんなむしらうと思ったのだがあんまり可哀さうでな。教育料はわしから出さう。一ヶ月八百円に負けて呉《く》れ。今月分|丈《だ》けはやって置かう。」獅子はチョッキのかくしから大きながま口を出してせんべい位ある金貨を八つ取り出して象にわたしました。象は鼻で受けとって耳の中にしまひました。
「さあ行け。狐《きつね》。よく云ふことをきくんだぞ。それから。象。狐はおれからあづかったんだから鼻を無暗《むやみ》に引っぱらないで呉れ。よし。さあみんな行け。」
 白熊《しろくま》も象も狐もみんな立ちあがりました。
 狐は首を垂れてそれでもきょろきょろあちこちを盗み見ながら象について行き、白熊は鼻を押へてうちの方へ急ぎました。
 獅子《しし》は葉巻をくはへマッチをすって黒い山へ沈む十日の月をじっと眺《なが》めました。
 そこでみんなは目がさめました。十日の月は本当に今山へはひる所です。
 狐も沢山くしゃみをして起きあがってうろうろうろうろ檻《をり》の中を歩きながら向ふの獅子の檻の中に居るまっくろな大きなけものを暗をすかしてちょっと見ました。



底本:「新修宮沢賢治全集 第十一巻」筑摩書房
   1979(昭和54)年11月15日初版第1刷発行
   1983(昭和58)年12月20日初版第5刷発行
※底本は旧仮名ですが、拗促音は小書きされています。これにならい、ルビの拗促音も、小書きにしました。
入力:林 幸雄
校正:土屋隆
2008年2月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング