は、もう僕の五倍もせいが高いでしょう。」
「そう云えばまあそうですね。」
 かしわは、すっかり、うぬぼれて、枝《えだ》をピクピクさせました。
 はじめは仲間の石どもだけでしたがあんまりベゴ石が気がいいのでだんだんみんな馬鹿にし出しました。おみなえしが、斯《こ》う云いました。
「ベゴさん。僕は、とうとう、黄金《きん》のかんむりをかぶりましたよ。」
「おめでとう。おみなえしさん。」
「あなたは、いつ、かぶるのですか。」
「さあ、まあ私はかぶりませんね。」
「そうですか。お気の毒ですね。しかし。いや。はてな。あなたも、もうかんむりをかぶってるではありませんか。」
 おみなえしは、ベゴ石の上に、このごろ生えた小さな苔《こけ》を見て、云いました。
 ベゴ石は笑って、
「いやこれは苔ですよ。」
「そうですか。あんまり見ばえがしませんね。」
 それから十日ばかりたちました。おみなえしはびっくりしたように叫びました。
「ベゴさん。とうとう、あなたも、かんむりをかぶりましたよ。つまり、あなたの上の苔がみな赤ずきんをかぶりました。おめでとう。」
 ベゴ石は、にが笑いをしながら、なにげなく云いました。
「ありがとう。しかしその赤頭巾《あかずきん》は、苔のかんむりでしょう。私のではありません。私の冠《かんむり》は、今に野原いちめん、銀色にやって来ます。」
 このことばが、もうおみなえしのきもを、つぶしてしまいました。
「それは雪でしょう。大へんだ。大へんだ。」
 ベゴ石も気がついて、おどろいておみなえしをなぐさめました。
「おみなえしさん。ごめんなさい。雪が来て、あなたはいやでしょうが、毎年のことで仕方もないのです。その代り、来年雪が消えたら、きっとすぐ又いらっしゃい。」
 おみなえしは、もう、へんじをしませんでした。又その次の日のことでした。蚊《か》が一|疋《ぴき》くうんくうんとうなってやって来ました。
「どうも、この野原には、むだなものが沢山《たくさん》あっていかんな。たとえば、このベゴ石のようなものだ。ベゴ石のごときは、何のやくにもたたない。むぐらのようにつちをほって、空気をしんせんにするということもしない。草っぱのように露《つゆ》をきらめかして、われわれの目の病をなおすということもない。くううん。くううん。」と云いながら、又向うへ飛んで行きました。
 ベゴ石の上の苔は、前からいろいろ悪口を聞いていましたが、ことに、今の蚊の悪口を聞いて、いよいよベゴ石を、馬鹿にしはじめました。
 そして、赤い小さな頭巾をかぶったまま、踊《おど》りはじめました。
「ベゴ黒助、ベゴ黒助、
 黒助どんどん、
 あめがふっても黒助、どんどん、
 日が照っても、黒助どんどん。

 ベゴ黒助、ベゴ黒助、
 黒助どんどん、
 千年たっても、黒助どんどん、
 万年たっても、黒助どんどん。」
 ベゴ石は笑いながら、
「うまいよ。なかなかうまいよ。しかしその歌は、僕はかまわないけれど、お前たちには、よくないことになるかも知れないよ。僕が一つ作ってやろう。これからは、そっちをおやり。ね、そら、
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お空。お空。お空のちちは、
つめたい雨の ザァザザザ、
かしわのしずくトンテントン、
まっしろきりのポッシャントン。
お空。お空。お空のひかり、
おてんとさまは、カンカンカン、
月のあかりは、ツンツンツン、
ほしのひかりの、ピッカリコ。」
[#ここで字下げ終わり]
「そんなものだめだ。面白《おもしろ》くもなんともないや。」
「そうか。僕は、こんなこと、まずいからね。」
 ベゴ石は、しずかに口をつぐみました。
 そこで、野原中のものは、みんな口をそろえて、ベゴ石をあざけりました。
「なんだ。あんな、ちっぽけな赤頭巾に、ベゴ石め、へこまされてるんだ。もうおいらは、あいつとは絶交だ。みっともない。黒助め。黒助、どんどん。ベゴどんどん。」
 その時、向うから、眼《め》がねをかけた、せいの高い立派な四人の人たちが、いろいろなピカピカする器械をもって、野原をよこぎって来ました。その中の一人が、ふとベゴ石を見て云いました。
「あ、あった、あった。すてきだ。実にいい標本だね。火山弾の典型だ。こんなととのったのは、はじめて見たぜ。あの帯の、きちんとしてることね。もうこれだけでも今度の旅行は沢山だよ。」
「うん。実によくととのってるね。こんな立派な火山弾は、大英博物館にだってないぜ。」
 みんなは器械を草の上に置いて、ベゴ石をまわってさすったりなでたりしました。
「どこの標本でも、この帯の完全なのはないよ。どうだい。空でぐるぐるやった時の工合《ぐあい》が、実によくわかるじゃないか。すてき、すてき。今日すぐ持って行こう。」
 みんなは、又、向うの方へ行きました。稜《かど》のある石は、だまっ
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