「みんながぼくにあふとそれを云ふよ。ひやかすように云ふんだ。」
「おまへに惡口を云うの?」
「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云はない。カムパネルラはみんながそんなことを云ふときは氣の毒さうにしてゐるよ。」
「カムパネルラのお父さんとうちのお父さんとはちやうどおまへたちのやうに、小さいときからお友達だつたさうだよ。」
「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行つたよ。あのころはよかつたなあ。ぼくは學校から歸る途中たびたびカムパネルラのうちに寄つた。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があつたんだ。レールを七つ組み合せると圓くなつてそれに電柱や信號標もついてゐて、信號標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるやうになつてゐたんだ。いつかアルコールがなくなつたとき石油をつかつたら、罐がすつかり煤けたよ。」
「さうかねえ。」
「いまも毎朝新聞をまはしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしいんとしてゐるからな。」
「早いからねえ。」
「ザウエルといふ犬がゐるよ。しつぽがまるで箒のやうだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうつと町の角までついてくる。もつとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜のあかりを川へながしに行くんだつて。きつと犬もついて行くよ。」
「さうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」
「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」
「ああ行つておいで。川へははいらないでね。」
「ああぼく、岸から見るだけなんだ。一時間で行つてくるよ。」
「もつと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒なら心配はないから。」
「ああきつと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置かうか。」
「ああ、どうか。もう涼しいからね。」
ジヨバンニは立つて窓をしめ、お皿やパンの袋を片附けると勢よく靴をはいて、
「では一時間半で歸つてくるよ。」と云ひながら暗い戸口を出ました。
四 ケンタウル祭の夜
ジヨバンニは、口笛を吹いてゐるやうなさびしい口付きで、檜のまつ黒にならんだ町の坂を下りて來たのでした。
坂の下に大きな一つの街燈が、青白く立派に光つて立つてゐました。ジヨバンニがどんどん電燈の方へ下りて行きますと、いままでばけもののやうに、長くぼんやり、うしろへ引いてゐたジヨバンニの影ぼふしは、だんだん濃く黒くはつきりなつて、足をあげたり手を振つたり、ジヨバンニの横の方へまはつて來るのでした。
(ぼくは立派な機關車だ。ここは勾配だから速いぞ。ぼくはいまその電燈を通り越す。そうら、こんどはぼくの影法師はコムパスだ。あんなにくるつとまはつて、前の方へ來た。)
とジヨバンニは思ひながら、大股にその街燈の下を通り過ぎたとき、いきなりひるまのザネリが、新しいえりの尖つたシヤツを着て、電燈の向う側の暗い小路から出て來て、ひらつとジヨバンニとすれちがひました。
「ザネリ、烏瓜ながしに行くの。」ジヨバンニがまださう云つてしまはないうちに、その子が投げつけるやうにうしろから、さけびました。
「ジヨバンニ、お父さんから、ラツコの上着が來るよ。」
ジヨバンニは、はつと胸がつめたくなり、そこら中きいんと鳴るやうに思ひました。
「何んだ、ザネリ。」とジヨバンニは高く叫び返しましたが、もうザネリは向うのひばの植つた家の中へはいつてゐました。
(ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを云ふのだらう。走るときはまるで鼠のやうなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを云ふのはザネリがばかだからだ。)
ジヨバンニは、せはしくいろいろのことを考へながら、さまざまの灯や木の枝で、すつかりきれいに飾られた街を通つて行きました。時計屋の店には明るくネオン燈がついて、一秒ごとに石でこさへたふくろふの赤い眼が、くるつくるつとうごいたり、いろいろな寶石が海のやうな色をした厚い硝子の盤に載つて、星のやうにゆつくりめぐつたり、また向う側から、銅の人馬がゆつくりこつちへまはつて來たりするのでした。そのまん中に圓い黒い星座早見が青いアスパラガスの葉で飾つてありました。
ジヨバンニはわれを忘れてその星座の圖に見入りました。
それはひる學校で見たあの圖よりはずうつと小さかつたのですが、その日の時間に合せて盤をまはすと、そのとき出てゐるそらがそのまま楕圓形のなかにめぐつてあらはれるやうになつて居り、やはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうとけむつたやうな帶になつて、その下の方ではかすかに爆發して湯氣でもあげてゐるやうに見えるのでした。またそのうしろには三本の脚のついた小さな望遠鏡が黄いろに光つて立つてゐましたし、いちばんうしろの壁には空ぢゆうの星座をふしぎな獸や蛇や魚などの形に書いた大きな圖がかかつてゐました。ほんたうにこんなやうな蝎だの勇士だのそ
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