けながら、つるはしをふりあげたり、スコツプをつかつたりしてゐる、三人の助手らしい人たちに夢中でいろいろ指圖をしてゐました。
「そこのその突起を壞さないやうに、スコツプを使ひたまへ。スコツプを。おつと、も少し遠くから掘つて。いけない、いけない。なぜそんな亂暴をするんだ。」
見ると、その白い柔らかな岩の中から、大きな大きな青じろい獸の骨が、横に倒れて潰れたといふ風になつて、半分以上掘り出されてゐました。そして氣をつけて見ると、そこらには、蹄の二つある足跡のついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番號がつけられてありました。
「君たちは參觀かね。」その大學士らしい人が、眼鏡をきらつとさせて、こつちを見て話しかけました。
「くるみが澤山あつたらう。それはまあ、ざつと百二十萬年ぐらゐ前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十萬年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れてゐるとこに、そつくり鹽水が寄せたり引いたりもしてゐたのだ。このけものかね、これはボスといつてね、おいおい、そこ、つるはしはよしたまへ。ていねいに鑿でやつてくれたまへ。ボスといつてね、いまの牛の先祖で、昔はたくさん居たのさ。」
「標本にするんですか。」
「いや、證明するに要るんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十萬年ぐらゐ前にできたといふ證據もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがつたやつからみてもやつぱりこんな地層に見えるかどうか、あるひは風か水か、がらんとした空かに見えやしないかといふことなのだ。わかつたかい。けれども、おいおい、そこもスコツプではいけない。そのすぐ下に肋骨が埋もれてる筈ぢやないか。」
大學士はあわてて走つて行きました。
「もう時間だよ。行かう。」カムパネルラが地圖と腕時計とをくらべながら云ひました。
「ああ、ではわたくしどもは失禮いたします。」ジヨバンニは、ていねいに大學士におじぎしました。
「さうですか。いや、さよなら。」大學士は、また忙がしさうに、あちこち歩きまはつて監督をはじめました。
二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないやうに走りました。そしてほんたうに、風のやうに走れたのです。息も切れず膝もあつくなりませんでした。
こんなにしてかけるなら、もう世界中だつてかけれると、ジヨバンニは思ひました。
そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなつて、間もなく二人は、もとの車室の席に座つていま行つて來た方を窓から見てゐました。
八 鳥を捕る人
「ここへかけてもようございますか。」
がさがさした、けれども親切さうな大人の聲が、二人のうしろで聞えました。
それは、茶いろの少しぼろぼろの外套を着て、白い布でつつんだ荷物を、二つに分けて肩にかけた赤髯のせなかのかがんだ人でした。
「ええ、いいんです。」ジヨバンニは、少し肩をすぼめて挨拶しました。その人は、ひげの中でかすかに微笑ひながら荷物をゆつくり網棚にのせました。ジヨバンニは、なにか大へんさびしいやうなかなしいやうな氣がして、だまつて正面の時計を見てゐましたら、ずうつと前の方で硝子の笛のやうなものが鳴りました。汽車はもう、しづかにうごいてゐたのです。カムパネルラは、車室の天井を、あちこち見てゐました。その一つのあかりに黒い甲蟲がとまつて、その影が大きく天井にうつつてゐたのです。
赤ひげの人は、なにかなつかしさうにわらひながら、ジヨバンニやカムパネルラのやうすを見てゐました。汽車はもうだんだん早くなつて、すすきと川と、かはるがはる窓の外から光りました。
赤ひげの人が、少しおづおづしながら、二人に訊きました。
「あなた方は、どちらへいらつしやるんですか。」
「どこまでも行くんです。」ジヨバンニは、少しきまり惡さうに答へました。
「それはいいね。この汽車は、じつさい、どこまででも行きますぜ。」
「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩のやうにたづねましたので、ジヨバンニは思はずわらひました。すると、向うの席に居た、尖つた帽子をかぶり、大きな鍵を腰に下げた人も、ちらつとこつちを見てわらひましたので、カムパネルラも、つい顏を赤くして笑ひだしてしまひました。ところがその人は別に怒つたでもなく、頬をぴくぴくしながら返事しました。
「わつしはすぐそこで降ります。わつしは、鳥をつかまへる商賣でね。」
「何鳥ですか。」
「鶴や雁です。さぎも白鳥もです。」
「鶴はたくさんゐますか。」
「居ますとも、さつきから鳴いてまさあ。聞かなかつたのですか。」
「いいえ。」
「いまでも聞えるぢやありませんか。そら、耳をすまして聽いてごらんなさい。」
二人は眼を擧げ、耳をすましました。ごとごと鳴る
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