貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿《のみ》でやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔《むかし》はたくさん居たさ。」
「標本にするんですか。」
「いや、証明するに要《い》るんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠《しょうこ》もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨《ろっこつ》が埋もれてる筈《はず》じゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。
「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計《うでどけい》とをくらべながら云いました。
「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。
「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙《いそ》がしそうに、あちこち歩きまわって監督《かんとく》をはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝《ひざ》もあつくなりませんでした。
 こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。
 そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座《すわ》って、いま行って来た方を、窓から見ていました。

   八、鳥を捕《と》る人

「ここへかけてもようございますか。」
 がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。
 それは、茶いろの少しぼろぼろの外套《がいとう》を着て、白い巾《きれ》でつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛《か》けた、赤髯《あかひげ》のせなかのかがんだ人でした。
「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶《あいさつ》しました。その人は、ひげの中でかすかに微笑《わら》いながら荷物をゆっくり網棚《あみだな》にのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子《ガラス》の笛《ふえ》のようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井《てんじょう》を、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫《かぶとむし》がとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。
 赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊《き》きました。
「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」
「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。
「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」
「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩《けんか》のようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵《かぎ》を腰《こし》に下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒《おこ》ったでもなく、頬《ほほ》をぴくぴくしながら返事しました。
「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」
「何鳥ですか。」
「鶴や雁《がん》です。さぎも白鳥もです。」
「鶴はたくさんいますか。」
「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」
「いいえ。」
「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴《き》いてごらんなさい。」
 二人は眼《め》を挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧《わ》くような音が聞えて来るのでした。
「鶴、どうしてとるんですか。」
「鶴ですか、それとも鷺《さぎ》ですか。」
「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。
「そいつはな、雑作《ぞうさ》ない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝《こご》って、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚《あし》をこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押
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