はずれのポプラの木が幾本《いくほん》も幾本も、高く星ぞらに浮《うか》んでいるところに来ていました。その牛乳屋の黒い門を入り、牛の匂《におい》のするうすくらい台所の前に立って、ジョバンニは帽子《ぼうし》をぬいで「今晩は、」と云いましたら、家の中はしぃんとして誰《たれ》も居たようではありませんでした。
「今晩は、ごめんなさい。」ジョバンニはまっすぐに立ってまた叫びました。するとしばらくたってから、年|老《と》った女の人が、どこか工合《ぐあい》が悪いようにそろそろと出て来て何か用かと口の中で云いました。
「あの、今日、牛乳が僕《ぼく》ん[#「ん」は小書き]とこへ来なかったので、貰《もら》いにあがったんです。」ジョバンニが一生けん命|勢《いきおい》よく云いました。
「いま誰もいないでわかりません。あしたにして下さい。」
 その人は、赤い眼の下のとこを擦《こす》りながら、ジョバンニを見おろして云いました。
「おっかさんが病気なんですから今晩でないと困るんです。」
「ではもう少したってから来てください。」その人はもう行ってしまいそうでした。
「そうですか。ではありがとう。」ジョバンニは、お辞儀《じぎ》をして台所から出ました。
 十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、向うの橋へ行く方の雑貨店の前で、黒い影やぼんやり白いシャツが入り乱れて、六七人の生徒らが、口笛を吹いたり笑ったりして、めいめい烏瓜の燈火《あかり》を持ってやって来るのを見ました。その笑い声も口笛も、みんな聞きおぼえのあるものでした。ジョバンニの同級の子供らだったのです。ジョバンニは思わずどきっとして戻《もど》ろうとしましたが、思い直して、一そう勢よくそっちへ歩いて行きました。
「川へ行くの。」ジョバンニが云おうとして、少しのどがつまったように思ったとき、
「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」さっきのザネリがまた叫びました。
「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」すぐみんなが、続いて叫びました。ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているかもわからず、急いで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラが居たのです。カムパネルラは気の毒そうに、だまって少しわらって、怒《おこ》らないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。
 ジョバンニは、遁《に》げるようにその眼を避《さ》け、そしてカムパネルラのせい
前へ 次へ
全43ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング