ました。
「双子《ふたご》のお星さまのお宮《みや》ってなんだい」
「あたし前になんべんもお母《っか》さんから聞いたわ。ちゃんと小さな水晶《すいしょう》のお宮《みや》で二つならんでいるからきっとそうだわ」
「はなしてごらん。双子《ふたご》のお星さまが何をしたっての」
「ぼくも知ってらい。双子《ふたご》のお星さまが野原へ遊《あそ》びにでて、からすと喧嘩《けんか》したんだろう」
「そうじゃないわよ。あのね、天の川の岸《きし》にね、おっかさんお話しなすったわ、……」
「それから彗星《ほうきぼし》がギーギーフーギーギーフーて言《い》って来たねえ」
「いやだわ、たあちゃん、そうじゃないわよ。それはべつの方だわ」
「するとあすこにいま笛《ふえ》を吹《ふ》いているんだろうか」
「いま海へ行ってらあ」
「いけないわよ。もう海からあがっていらっしゃったのよ」
「そうそう。ぼく知ってらあ、ぼくおはなししよう」

 川の向こう岸《ぎし》がにわかに赤くなりました。
 楊《やなぎ》の木や何かもまっ黒にすかし出され、見えない天の川の波《なみ》も、ときどきちらちら針《はり》のように赤く光りました。まったく向《む》こう岸《ぎし》の野原に大きなまっ赤な火が燃《もや》され、その黒いけむりは高く桔梗《ききょう》いろのつめたそうな天をも焦《こ》がしそうでした。ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしく酔《よ》ったようになって、その火は燃《も》えているのでした。
「あれはなんの火だろう。あんな赤く光る火は何を燃《も》やせばできるんだろう」ジョバンニが言《い》いました。
「蠍《さそり》の火だな」カムパネルラがまた地図と首《くび》っぴきして答えました。
「あら、蠍《さそり》の火のことならあたし知ってるわ」
「蠍《さそり》の火ってなんだい」ジョバンニがききました。
「蠍《さそり》がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃《も》えてるって、あたし何べんもお父さんから聴《き》いたわ」
「蠍《さそり》って、虫だろう」
「ええ、蠍《さそり》は虫よ。だけどいい虫だわ」
「蠍《さそり》いい虫じゃないよ。僕《ぼく》博物館《はくぶつかん》でアルコールにつけてあるの見た。尾《お》にこんなかぎがあってそれで螫《さ》されると死《し》ぬって先生が言《い》ってたよ」
「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さんこう言《い》ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蠍《さそり》がいて小さな虫やなんか殺《ころ》してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見つかって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命《めい》にげてにげたけど、とうとういたちに押《おさ》えられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸《いど》があってその中に落《お》ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないで、さそりはおぼれはじめたのよ。そのときさそりはこう言《い》ってお祈《いの》りしたというの。
 ああ、わたしはいままで、いくつのものの命《いのち》をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命《めい》にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだを、だまっていたちにくれてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神《かみ》さま。私の心をごらんください。こんなにむなしく命《いのち》をすてず、どうかこの次《つぎ》には、まことのみんなの幸《さいわい》のために私のからだをおつかいください。って言《い》ったというの。
 そしたらいつか蠍《さそり》はじぶんのからだが、まっ赤なうつくしい火になって燃《も》えて、よるのやみを照《て》らしているのを見たって。いまでも燃《も》えてるってお父さんおっしゃったわ。ほんとうにあの火、それだわ」
「そうだ。見たまえ。そこらの三角標《さんかくひょう》はちょうどさそりの形にならんでいるよ」
 ジョバンニはまったくその大きな火の向《む》こうに三つの三角標《さんかくひょう》が、ちょうどさそりの腕《うで》のように、こっちに五つの三角標《さんかくひょう》がさそりの尾《お》やかぎのようにならんでいるのを見ました。そしてほんとうにそのまっ赤なうつくしいさそりの火は音なくあかるくあかるく燃《も》えたのです。
 その火がだんだんうしろの方になるにつれて、みんなはなんとも言《い》えずにぎやかな、さまざまの楽《がく》の音《ね》や草花のにおいのようなもの、口笛《くちぶえ》や人々のざわざわ言《い》う声やらを聞きました。それはもうじきちかくに町か何かがあって、そこにお祭《まつ》りでもあるというような気がするのでした。
「ケンタウル露《つゆ》をふらせ」いきなりいままで睡《ねむ》っていたジョバンニのとなりの男の子
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