くなっていくのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉《は》はぐるぐるに縮《ちぢ》れ葉《は》の下にはもう美しい緑《みどり》いろの大きな苞《ほう》が赤い毛を吐《は》いて真珠《しんじゅ》のような実《み》もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増《ま》してきて、もういまは列《れつ》のように崖《がけ》と線路《せんろ》との間にならび、思わずジョバンニが窓《まど》から顔を引っ込《こ》めて向《む》こう側《がわ》の窓《まど》を見ましたときは、美《うつく》しいそらの野原の地平線《ちへいせん》のはてまで、その大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植《う》えられて、さやさや風にゆらぎ、その立派《りっぱ》なちぢれた葉《は》のさきからは、まるでひるの間にいっぱい日光を吸《す》った金剛石《こんごうせき》のように露《つゆ》がいっぱいについて、赤や緑《みどり》やきらきら燃《も》えて光っているのでした。カムパネルラが、
「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに言《い》いましたけれども、ジョバンニはどうしても気持《きも》ちがなおりませんでしたから、ただぶっきらぼうに野原を見たまま、
「そうだろう」と答えました。
そのとき汽車はだんだんしずかになって、いくつかのシグナルとてんてつ器《き》の灯《あかり》を過ぎ、小さな停車場《ていしゃば》にとまりました。
その正面《しょうめん》の青じろい時計《とけい》はかっきり第二時《だいにじ》を示《しめ》し、風もなくなり汽車もうごかず、しずかなしずかな野原のなかにその振《ふ》り子《こ》はカチッカチッと正しく時を刻《きざ》んでいくのでした。
そしてまったくその振《ふ》り子《こ》の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律《せんりつ》が糸のように流《なが》れて来るのでした。
「新世界交響楽《しんせかいこうきょうがく》だわ」向《む》こうの席《せき》の姉《あね》がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと言《い》いました。
全《まった》くもう車の中ではあの黒服《くろふく》の丈高《たけたか》い青年も誰《だれ》もみんなやさしい夢《ゆめ》を見ているのでした。
(こんなしずかないいとこで僕《ぼく》はどうしてもっと愉快《ゆかい》になれないだろう。どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、僕《ぼく》といっしょに汽車に乗《の》っていながら、まるであんな女の子とばかり談《はな》しているんだもの。僕《ぼく》はほんとうにつらい)
ジョバンニはまた手で顔を半分《はんぶん》かくすようにして向《む》こうの窓《まど》のそとを見つめていました。
すきとおった硝子《ガラス》のような笛《ふえ》が鳴って汽車はしずかに動きだし、カムパネルラもさびしそうに星めぐりの口笛《くちぶえ》を吹《ふ》きました。
「ええ、ええ、もうこの辺《へん》はひどい高原ですから」
うしろの方で誰《だれ》かとしよりらしい人の、いま眼《め》がさめたというふうではきはき談《はな》している声がしました。
「とうもろこしだって棒《ぼう》で二尺も孔《あな》をあけておいてそこへ播《ま》かないとはえないんです」
「そうですか。川まではよほどありましょうかねえ」
「ええ、ええ、河《かわ》までは二千|尺《じゃく》から六千|尺《じゃく》あります。もうまるでひどい峡谷《きょうこく》になっているんです」
そうそうここはコロラドの高原じゃなかったろうか、ジョバンニは思わずそう思いました。
あの姉《あね》は弟を自分の胸《むね》によりかからせて睡《ねむ》らせながら黒い瞳《ひとみ》をうっとりと遠くへ投《な》げて何を見るでもなしに考え込《こ》んでいるのでしたし、カムパネルラはまださびしそうにひとり口笛《くちぶえ》を吹《ふ》き、男の子はまるで絹《きぬ》で包《つつ》んだ苹果《りんご》のような顔いろをしてジョバンニの見る方を見ているのでした。
突然《とつぜん》とうもろこしがなくなって巨《おお》きな黒い野原《のはら》がいっぱいにひらけました。
新世界交響楽《しんせかいこうきょうがく》はいよいよはっきり地平線《ちへいせん》のはてから湧《わ》き、そのまっ黒な野原《のはら》のなかを一人のインデアンが白い鳥の羽根《はね》を頭につけ、たくさんの石を腕《うで》と胸《むね》にかざり、小さな弓《ゆみ》に矢《や》をつがえていちもくさんに汽車を追《お》って来るのでした。
「あら、インデアンですよ。インデアンですよ。おねえさまごらんなさい」
黒服《くろふく》の青年も眼《め》をさましました。
ジョバンニもカムパネルラも立ちあがりました。
「走って来るわ、あら、走って来るわ。追《お》いかけているんでしょう」
「いいえ、汽車を追《お》ってるんじゃないんですよ。猟《
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