こうからか、ときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙《のろし》のようなものが、かわるがわるきれいな桔梗《ききょう》いろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗《きれい》な風は、ばらのにおいでいっぱいでした。
「いかがですか。こういう苹果《りんご》はおはじめてでしょう」向《む》こうの席《せき》の燈台看守《とうだいかんしゅ》がいつか黄金《きん》と紅《べに》でうつくしくいろどられた大きな苹果《りんご》を落《お》とさないように両手《りょうて》で膝《ひざ》の上にかかえていました。
「おや、どっから来たのですか。立派《りっぱ》ですねえ。ここらではこんな苹果《りんご》ができるのですか」青年はほんとうにびっくりしたらしく、燈台看守《とうだいかんしゅ》の両手《りょうて》にかかえられた一もりの苹果《りんご》を、眼《め》を細《ほそ》くしたり首《くび》をまげたりしながら、われを忘《わす》れてながめていました。
「いや、まあおとりください。どうか、まあおとりください」
青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。
「さあ、向《む》こうの坊《ぼっ》ちゃんがた。いかがですか。おとりください」
ジョバンニは坊《ぼっ》ちゃんといわれたので、すこししゃくにさわってだまっていましたが、カムパネルラは、
「ありがとう」と言《い》いました。
すると青年は自分でとって一つずつ二人に送《おく》ってよこしましたので、ジョバンニも立って、ありがとうと言《い》いました。
燈台看守《とうだいかんしゅ》はやっと両腕《りょううで》があいたので、こんどは自分で一つずつ睡《ねむ》っている姉弟《きょうだい》の膝《ひざ》にそっと置《お》きました。
「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派《りっぱ》な苹果《りんご》は」
青年はつくづく見ながら言《い》いました。
「この辺《あたり》ではもちろん農業《のうぎょう》はいたしますけれどもたいていひとりでにいいものができるような約束《やくそく》になっております。農業《のうぎょう》だってそんなにほねはおれはしません。たいてい自分の望《のぞ》む種子《たね》さえ播《ま》けばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺《へん》のように殻《から》もないし十|倍《ばい》も大きくてにおいもいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業《のうぎょう》はもうありません。苹果《りんご》だってお菓子《かし》だって、かすが少しもありませんから、みんなそのひとそのひとによってちがった、わずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです」
にわかに男の子がばっちり眼《め》をあいて言《い》いました。
「ああぼくいまお母《っか》さんの夢《ゆめ》をみていたよ。お母《っか》さんがね、立派《りっぱ》な戸棚《とだな》や本のあるとこにいてね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼく、おっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか、と言《い》ったら眼《め》がさめちゃった。ああここ、さっきの汽車のなかだねえ」
「その苹果《りんご》がそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ」青年が言《い》いました。
「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん」
姉《あね》はわらって眼《め》をさまし、まぶしそうに両手《りょうて》を眼《め》にあてて、それから苹果《りんご》を見ました。
男の子はまるでパイをたべるように、もうそれをたべていました。またせっかくむいたそのきれいな皮《かわ》も、くるくるコルク抜《ぬ》きのような形になって床《ゆか》へ落《お》ちるまでの間にはすうっと、灰《はい》いろに光って蒸発《じょうはつ》してしまうのでした。
二人《ふたり》はりんごをたいせつにポケットにしまいました。
川下の向《む》こう岸《ぎし》に青く茂《しげ》った大きな林が見え、その枝《えだ》には熟《じゅく》してまっ赤に光るまるい実《み》がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標《さんかくひょう》が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじってなんとも言《い》えずきれいな音《ね》いろが、とけるように浸《し》みるように風につれて流《なが》れて来るのでした。
青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。
だまってその譜《ふ》を聞いていると、そこらにいちめん黄いろや、うすい緑《みどり》の明るい野原《のはら》か敷物《しきもの》かがひろがり、またまっ白な蝋《ろう》のような露《つゆ》が太陽《たいよう》の面《めん》をかすめて行くように思われました。
「まあ、あの烏《からす》」カムパネルラのとなりの、かおると呼《よ》ばれた女の子が叫《さけ》びました。
「か
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