か」
「ええ、毎日|注文《ちゅうもん》があります。しかし雁《がん》の方が、もっと売れます。雁《がん》の方がずっと柄《がら》がいいし、第一《だいいち》手数《てすう》がありませんからな。そら」鳥捕《とりと》りは、また別《べつ》の方の包《つつ》みを解《と》きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁《がん》が、ちょうどさっきの鷺《さぎ》のように、くちばしをそろえて、少しひらべったくなって、ならんでいました。
「こっちはすぐたべられます。どうです、少しおあがりなさい」鳥捕《とりと》りは、黄いろの雁《がん》の足を、軽《かる》くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。
「どうです。すこしたべてごらんなさい」鳥捕《とりと》りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっとたべてみて、
(なんだ、やっぱりこいつはお菓子《かし》だ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁《がん》が飛《と》んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋《かしや》だ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子《かし》をたべているのは、たいへんきのどくだ)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。
「も少しおあがりなさい」鳥捕《とりと》りがまた包《つつ》みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、
「ええ、ありがとう」といって遠慮《えんりょ》しましたら、鳥捕《とりと》りは、こんどは向《む》こうの席《せき》の、鍵《かぎ》をもった人に出しました。
「いや、商売《しょうばい》ものをもらっちゃすみませんな」その人は、帽子《ぼうし》をとりました。
「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡《わた》り鳥《どり》の景気《けいき》は」
「いや、すてきなもんですよ。一昨日《おととい》の第二限《だいにげん》ころなんか、なぜ燈台《とうだい》の灯《ひ》を、規則以外《きそくいがい》に間(一時空白)させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障《こしょう》が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡《わた》り鳥《どり》どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですからしかたありませんや、わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情《くじょう》は、おれのとこへ持《も》って来たってしかたがねえや、ばさばさのマントを着《き》て脚《あし》と口との途方《とほう》もなく細《ほそ》い大将《たいしょう》へやれって、こう言《い》ってやりましたがね、はっは」
すすきがなくなったために、向《む》こうの野原から、ぱっとあかりが射《さ》して来ました。
「鷺《さぎ》の方はなぜ手数《てすう》なんですか」カムパネルラは、さっきから、訊《き》こうと思っていたのです。
「それはね、鷺《さぎ》をたべるには」鳥捕《とりと》りは、こっちに向《む》き直《なお》りました。「天の川の水あかりに、十日もつるしておくかね、そうでなけぁ、砂《すな》に三、四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀《すいぎん》がみんな蒸発《じょうはつ》して、たべられるようになるよ」
「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子《かし》でしょう」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋《たず》ねました。鳥捕《とりと》りは、何かたいへんあわてたふうで、
「そうそう、ここで降《お》りなけぁ」と言《い》いながら、立って荷物《にもつ》をとったと思うと、もう見えなくなっていました。
「どこへ行ったんだろう」二人《ふたり》は顔を見合わせましたら、燈台守《とうだいもり》は、にやにや笑《わら》って、少し伸《の》びあがるようにしながら、二人の横《よこ》の窓《まど》の外をのぞきました。二人《ふたり》もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕《とりと》りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光《りんこう》を出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手《りょうて》をひろげて、じっとそらを見ていたのです。
「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体《きたい》だねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな」と言《い》ったとたん、がらんとした桔梗《ききょう》いろの空から、さっき見たような鷺《さぎ》が、まるで雪の降《ふ》るように、ぎゃあぎゃあ叫《さけ》びながら、いっぱいに舞《ま》いおりて来ました。するとあの鳥捕《とりと》りは、すっかり注文《ちゅうもん》通りだというようにほくほくして、両足《りょうあし》をかっきり六十|度《ど》に開いて立って、鷺《さぎ》のちぢめて降《お》りて来る黒い脚《あし》を両手《りょうて》で片《かた》っぱしから押《おさ》えて、布《
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