るように、天の川の底《そこ》の深《ふか》く遠いところほど星がたくさん集まって見え、したがって白くぼんやり見えるのです。この模型《もけい》をごらんなさい」
 先生は中にたくさん光る砂《すな》のつぶのはいった大きな両面《りょうめん》の凸《とつ》レンズを指《さ》しました。
「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私《わたし》どもの太陽《たいよう》と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽《たいよう》がこのほぼ中ごろにあって地球《ちきゅう》がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄《うす》いのでわずかの光る粒《つぶ》すなわち星しか見えないでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚《あつ》いので、光る粒《つぶ》すなわち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるという、これがつまり今日の銀河《ぎんが》の説《せつ》なのです。そんならこのレンズの大きさがどれくらいあるか、またその中のさまざまの星についてはもう時間ですから、この次《つぎ》の理科の時間にお話します。では今日はその銀河《ぎんが》のお祭《まつ》りなのですから、みなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい」
 そして教室じゅうはしばらく机《つくえ》の蓋《ふた》をあけたりしめたり本を重《かさ》ねたりする音がいっぱいでしたが、まもなくみんなはきちんと立って礼《れい》をすると教室を出ました。

     二 活版所《かっぱんじょ》

 ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七、八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして校庭《こうてい》の隅《すみ》の桜《さくら》の木のところに集《あつ》まっていました。それはこんやの星祭《ほしまつ》りに青いあかりをこしらえて川へ流《なが》す烏瓜《からすうり》を取《と》りに行く相談《そうだん》らしかったのです。
 けれどもジョバンニは手を大きく振《ふ》ってどしどし学校の門《もん》を出て来ました。すると町の家々ではこんやの銀河《ぎんが》の祭《まつ》りにいちいの葉《は》の玉《たま》をつるしたり、ひのきの枝《えだ》にあかりをつけたり、いろいろしたくをしているのでした。
 家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲《ま》がってある大きな活版所《かっぱんじょ》にはいって靴《くつ》をぬいで上がりますと、突《つ》き当たりの大きな扉《とびら》をあけました。中にはまだ昼《ひる》なのに電燈《でんとう》がついて、たくさんの輪転機《りんてんき》がばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働《はたら》いておりました。
 ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子《テーブル》にすわった人の所《ところ》へ行っておじぎをしました。その人はしばらく棚《たな》をさがしてから、
「これだけ拾《ひろ》って行けるかね」と言《い》いながら、一枚の紙切れを渡《わた》しました。ジョバンニはその人の卓子《テーブル》の足もとから一つの小さな平《ひら》たい函《はこ》をとりだして向《む》こうの電燈《でんとう》のたくさんついた、たてかけてある壁《かべ》の隅《すみ》の所《ところ》へしゃがみ込《こ》むと、小さなピンセットでまるで粟粒《あわつぶ》ぐらいの活字《かつじ》を次《つぎ》から次《つぎ》へと拾《ひろ》いはじめました。青い胸《むね》あてをした人がジョバンニのうしろを通りながら、
「よう、虫めがね君《くん》、お早う」と言《い》いますと、近くの四、五人の人たちが声もたてずこっちも向《む》かずに冷《つめ》たくわらいました。
 ジョバンニは何べんも眼《め》をぬぐいながら活字《かつじ》をだんだんひろいました。
 六時がうってしばらくたったころ、ジョバンニは拾《ひろ》った活字《かつじ》をいっぱいに入れた平《ひら》たい箱《はこ》をもういちど手にもった紙きれと引き合わせてから、さっきの卓子《テーブル》の人へ持《も》って来ました。その人は黙《だま》ってそれを受《う》け取《と》ってかすかにうなずきました。
 ジョバンニはおじぎをすると扉《とびら》をあけて計算台のところに来ました。すると白服《しろふく》を着《き》た人がやっぱりだまって小さな銀貨《ぎんか》を一つジョバンニに渡《わた》しました。ジョバンニはにわかに顔いろがよくなって威勢《いせい》よくおじぎをすると、台の下に置《お》いた鞄《かばん》をもっておもてへ飛《と》びだしました。それから元気よく口笛《くちぶえ》を吹《ふ》きながらパン屋《や》へ寄《よ》ってパンの塊《かたまり》を一つと角砂糖《かくざとう》を一|袋《ふくろ》買いますといちもくさんに走りだ
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