つるした標札《ひょうさつ》が立って、向こうの渚《なぎさ》には、ところどころ、細《ほそ》い鉄《てつ》の欄干《らんかん》も植《う》えられ、木製《もくせい》のきれいなベンチも置《お》いてありました。
「おや、変《へん》なものがあるよ」カムパネルラが、不思議《ふしぎ》そうに立ちどまって、岩《いわ》から黒い細長《ほそなが》いさきのとがったくるみの実《み》のようなものをひろいました。
「くるみの実《み》だよ。そら、たくさんある。流《なが》れて来たんじゃない。岩《いわ》の中にはいってるんだ」
「大きいね、このくるみ、倍《ばい》あるね。こいつはすこしもいたんでない」
「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘《ほ》ってるから」
二人《ふたり》は、ぎざぎざの黒いくるみの実《み》を持《も》ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚《なぎさ》には、波《なみ》がやさしい稲妻《いなずま》のように燃《も》えて寄《よ》せ、右手の崖《がけ》には、いちめん銀《ぎん》や貝殻《かいがら》でこさえたようなすすきの穂《ほ》がゆれたのです。
だんだん近づいて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡《きんがんきょう》をかけ、長靴《ながぐつ》をはいた学者《がくしゃ》らしい人が、手帳《てちょう》に何かせわしそうに書きつけながら、つるはしをふりあげたり、スコップをつかったりしている、三人の助手《じょしゅ》らしい人たちに夢中《むちゅう》でいろいろ指図《さしず》をしていました。
「そこのその突起《とっき》をこわさないように、スコップを使いたまえ、スコップを。おっと、も少し遠くから掘《ほ》って。いけない、いけない、なぜそんな乱暴《らんぼう》をするんだ」
見ると、その白い柔《やわ》らかな岩《いわ》の中から、大きな大きな青じろい獣《けもの》の骨《ほね》が、横に倒《たお》れてつぶれたというふうになって、半分以上《はんぶんいじょう》掘《ほ》り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄《ひづめ》の二つある足跡《あしあと》のついた岩《いわ》が、四角《しかく》に十ばかり、きれいに切り取られて番号《ばんごう》がつけられてありました。
「君たちは参観《さんかん》かね」その大学士《だいがくし》らしい人が、眼鏡《めがね》をきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。
「くるみがたくさんあったろう。それはまあ、ざっと百二十|万年《まんねん》ぐらい前のくるみだよ。ごく新しい方さ。ここは百二十|万年前《まんねんまえ》、第三紀《だいさんき》のあとのころは海岸《かいがん》でね、この下からは貝《かい》がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水《しおみず》が寄《よ》せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこ、つるはしはよしたまえ。ていねいに鑿《のみ》でやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛《うし》の先祖《せんぞ》で、昔《むかし》はたくさんいたのさ」
「標本《ひょうほん》にするんですか」
「いや、証明《しょうめい》するに要《い》るんだ。ぼくらからみると、ここは厚《あつ》い立派《りっぱ》な地層《ちそう》で、百二十|万年《まんねん》ぐらい前にできたという証拠《しょうこ》もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層《ちそう》に見えるかどうか、あるいは風か水や、がらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい、そこもスコップではいけない。そのすぐ下に肋骨《ろっこつ》が埋《う》もれてるはずじゃないか」
大学士《だいがくし》はあわてて走って行きました。
「もう時間だよ。行こう」カムパネルラが地図と腕時計《うでどけい》とをくらべながら言《い》いました。
「ああ、ではわたくしどもは失礼《しつれい》いたします」ジョバンニは、ていねいに大学士《だいがくし》におじぎしました。
「そうですか。いや、さよなら」大学士《だいがくし》は、また忙《いそが》しそうに、あちこち歩きまわって監督《かんとく》をはじめました。
二人《ふたり》は、その白い岩《いわ》の上を、一生けん命《めい》汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息《いき》も切れず膝《ひざ》もあつくなりませんでした。
こんなにしてかけるなら、もう世界《せかい》じゅうだってかけれると、ジョバンニは思いました。
そして二人《ふたり》は、前のあの河原《かわら》を通り、改札口《かいさつぐち》の電燈《でんとう》がだんだん大きくなって、まもなく二人《ふたり》は、もとの車室の席《せき》にすわっていま行って来た方を、窓《まど》から見ていました。
八 鳥を捕《と》る人
「ここへかけてもようございますか」
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