「ケンタウルス、露《つゆ》をふらせ」と叫《さけ》んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃《も》したりして、たのしそうに遊《あそ》んでいるのでした。けれどもジョバンニは、いつかまた深《ふか》く首《くび》をたれて、そこらのにぎやかさとはまるでちがったことを考えながら、牛乳屋《ぎゅうにゅうや》の方へ急《いそ》ぐのでした。
 ジョバンニは、いつか町はずれのポプラの木が幾本《いくほん》も幾本《いくほん》も、高く星ぞらに浮《う》かんでいるところに来ていました。その牛乳屋《ぎゅうにゅうや》の黒い門《もん》をはいり、牛のにおいのするうすくらい台所《だいどころ》の前に立って、ジョバンニは帽子《ぼうし》をぬいで、
「今晩《こんばん》は」と言《い》いましたら、家の中はしいんとして誰《だれ》もいたようではありませんでした。
「今晩《こんばん》は、ごめんなさい」ジョバンニはまっすぐに立ってまた叫《さけ》びました。するとしばらくたってから、年とった女の人が、どこかぐあいが悪《わる》いようにそろそろと出て来て、何か用かと口の中で言《い》いました。
「あの、今日、牛乳《ぎゅうにゅう》が僕《ぼく》※[#小書き平仮名ん、183−7]とこへ来なかったので、もらいにあがったんです」ジョバンニが一生けん命《めい》勢《いきお》いよく言《い》いました。
「いま誰《だれ》もいないでわかりません。あしたにしてください」その人は赤い眼《め》の下のとこをこすりながら、ジョバンニを見おろして言《い》いました。
「おっかさんが病気《びょうき》なんですから今晩《こんばん》でないと困《こま》るんです」
「ではもう少したってから来てください」その人はもう行ってしまいそうでした。
「そうですか。ではありがとう」ジョバンニは、お辞儀《じぎ》をして台所《だいどころ》から出ました。
 十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、向《む》こうの橋《はし》へ行く方の雑貨店《ざっかてん》の前で、黒い影《かげ》やぼんやり白いシャツが入り乱《みだ》れて、六、七人の生徒らが、口笛《くちぶえ》を吹《ふ》いたり笑《わら》ったりして、めいめい烏瓜《からすうり》の燈火《あかり》を持《も》ってやって来《く》るのを見《み》ました。その笑《わら》い声も口笛《くちぶえ》も、みんな聞きおぼえのあるものでした。ジョバンニの同級《どうきゅう》の子供《こども》らだったのです。ジョバンニは思わずどきっとして戻《もど》ろうとしましたが、思い直《なお》して、いっそう勢《いきお》いよくそっちへ歩いて行きました。
「川へ行くの」ジョバンニが言《い》おうとして、少しのどがつまったように思ったとき、
「ジョバンニ、ラッコの上着《うわぎ》が来るよ」さっきのザネリがまた叫《さけ》びました。
「ジョバンニ、ラッコの上着《うわぎ》が来るよ」すぐみんなが、続《つづ》いて叫《さけ》びました。ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているかもわからず、急《いそ》いで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラがいたのです。カムパネルラはきのどくそうに、だまって少しわらって、おこらないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。
 ジョバンニは、にげるようにその眼《め》を避《さ》け、そしてカムパネルラのせいの高いかたちが過《す》ぎて行ってまもなく、みんなはてんでに口笛《くちぶえ》を吹《ふ》きました。町かどを曲《ま》がるとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。そしてカムパネルラもまた、高く口笛《くちぶえ》を吹《ふ》いて向《む》こうにぼんやり見える橋《はし》の方へ歩いて行ってしまったのでした。ジョバンニは、なんとも言《い》えずさびしくなって、いきなり走りだしました。すると耳に手をあてて、わあわあと言《い》いながら片足《かたあし》でぴょんぴょん跳《と》んでいた小さな子供《こども》らは、ジョバンニがおもしろくてかけるのだと思って、わあいと叫《さけ》びました。
 まもなくジョバンニは走りだして黒い丘《おか》の方へ急《いそ》ぎました。

     五 天気輪《てんきりん》の柱《はしら》

 牧場《ぼくじょう》のうしろはゆるい丘《おか》になって、その黒い平《たい》らな頂上《ちょうじょう》は、北の大熊星《おおくまぼし》の下に、ぼんやりふだんよりも低《ひく》く、連《つら》なって見えました。
 ジョバンニは、もう露《つゆ》の降《お》りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。まっくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さなみちが、一すじ白く星あかりに照《て》らしだされてあったのです。草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉《は》は青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持《も》って行った烏瓜《
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