方へ洲《す》のようになって出たところに人の集《あつ》まりがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会《あ》いました。マルソがジョバンニに走り寄《よ》って言《い》いました。
「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ」
「どうして、いつ」
「ザネリがね、舟《ふね》の上から烏《からす》うりのあかりを水の流《なが》れる方へ押《お》してやろうとしたんだ。そのとき舟《ふね》がゆれたもんだから水へ落《お》っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛《と》びこんだんだ。そしてザネリを舟《ふね》の方へ押《お》してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ」
「みんなさがしてるんだろう」
「ああ、すぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見つからないんだ。ザネリはうちへ連《つ》れられてった」
 ジョバンニはみんなのいるそっちの方へ行きました。そこに学生たちや町の人たちに囲《かこ》まれて青じろいとがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服《ふく》を着《き》てまっすぐに立って左手に時計《とけい》を持《も》ってじっと見つめていたのです。
 みんなもじっと河《かわ》を見ていました。誰《だれ》も一言《ひとこと》も物《もの》を言《い》う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして、黒い川の水はちらちら小さな波《なみ》をたてて流《なが》れているのが見えるのでした。
 下流《かりゅう》の方の川はばいっぱい銀河《ぎんが》が巨《おお》きく写《うつ》って、まるで水のないそのままのそらのように見えました。
 ジョバンニは、そのカムパネルラはもうあの銀河《ぎんが》のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。
 けれどもみんなはまだ、どこかの波《なみ》の間から、
「ぼくずいぶん泳《およ》いだぞ」と言いながらカムパネルラが出て来るか、あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲《す》にでも着《つ》いて立っていて誰《だれ》かの来るのを待《ま》っているかというような気がしてしかたないらしいのでした。けれどもにわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり言《い》いました。

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