りられました天童子《てんどうじ》だというのです。このお堂はこのごろ流沙の向う側《がわ》にも、あちこち建《た》っております。」
「天のこどもが、降りたのですか。罪《つみ》があって天から流《なが》されたのですか。」
「さあ、よくわかりませんが、よくこの辺《へん》でそう申します。多分そうでございましょう。」
「いかがでしょう、聞かせて下さいませんか。お急《いそ》ぎでさえなかったら。」
「いいえ、急ぎはいたしません。私の聴《き》いただけお話いたしましょう。
 沙車《さしゃ》[※2]に、須利耶圭《すりやけい》という人がございました。名門《めいもん》ではございましたそうですが、おちぶれて奥《おく》さまと二人、ご自分は昔からの写経《しゃきょう》をなさり、奥さまは機《はた》を織《お》って、しずかにくらしていられました。
 ある明方《あけがた》、須利耶さまが鉄砲《てっぽう》をもったご自分の従弟《いとこ》のかたとご一緒《いっしょ》に、野原を歩いていられました。地面《じめん》はごく麗《うる》わしい青い石で、空がぼうっと白く見え、雪もま近《ぢか》でございました。
 須利耶さまがお従弟さまに仰《お》っしゃるには、お前もさような慰《なぐさ》みの殺生《せっしょう》を、もういい加減《かげん》やめたらどうだと、斯《こ》うでございました。
 ところが従弟の方が、まるですげなく、やめられないと、ご返事《へんじ》です。
(お前はずいぶんむごいやつだ、お前の傷《いた》めたり殺《ころ》したりするものが、一体どんなものだかわかっているか、どんなものでもいのちは悲《かな》しいものなのだぞ。)と、須利耶さまは重《かさ》ねておさとしになりました。
(そうかもしれないよ。けれどもそうでないかもしれない。そうだとすればおれは一層《いっそう》おもしろいのだ、まあそんな下らない話はやめろ、そんなことは昔の坊主《ぼうず》どもの言うこった、見ろ、向うを雁が行くだろう、おれは仕止《しと》めて見せる。)と従弟のかたは鉄砲を構《かま》えて、走って見えなくなりました。
 須利耶さまは、その大きな黒い雁の列《れつ》を、じっと眺《なが》めて立たれました。
 そのとき俄《にわ》かに向うから、黒い尖《とが》った弾丸《だんがん》が昇《のぼ》って、まっ先きの雁の胸《むね》を射《い》ました。
 雁は二、三べん揺《ゆ》らぎました。見る見るからだに火が燃
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