口に云った。
おれはびっくりしてその顔を見た。それからまわりの窓を見た。そこの窓にはたくさんの顔がみな一様な表情を浮べてゐた。愚かな愚かな表情を、院長さんとその園芸家とどっちが頭がうごくだらうといった風の――えい糞考へても胸が悪くなる。
[#ここから4字下げ]
(えゝもう どうせまはりがかういふぐあいですから対称形より仕方ありますまい。)
[#ここで字下げ終わり]
おれも感応した帯電体のやうにごく早口に返事した。院長がすぐ出て行って農夫に云った。
[#ここから4字下げ]
(その中心にきれを結びつけてこゝのとこまで持って来て、さうさう それから円を描きたまへ。関口、そこへ杭をぐるっとまはすんだ。)[#ここで字下げ終わり]院長は白いきれを杭の外へまはした。
あゝだめだ正方形のなかの退屈な円かとおれは思った。
[#ここから4字下げ]
(向ふの建物から丁度三間距離を置いて正方形をつくりたまへ。)
[#ここで字下げ終わり]
だめだだめだ。これではどこにも音楽がない。おれの考へてゐるのは対称はとりながらごく不規則なモザイクにしてその境を一尺のみちに練瓦をジグザグに埋めてそこへまっ白な石灰をつめこむ。日がまはるたびに練瓦のジグザグな影も青く移る。あとは石炭からと鋸屑で花がなくてもひとつの模様をこさえこむ。それなのだ。もう今日はだめだ。設計図を拵えて来て院長室で二人きりで相談しなければだめだと考へた。
おれはこの愉快な創造の数時間をめちゃめちゃに壊した窓のたくさんの顔をできるだけ強い表情でにらみまはした。ところが誰もおれを見てゐなかった。次におれはその憐れむべき弱い精神の学士を見た。それからあんまり過鋭な感応体おれを撲ってやりたいと思った。



底本:「【新】校本宮澤賢治全集 第十二巻 童話5[#「5」はローマ数字、1−13−25]・劇・その他 本文篇」筑摩書房
   1995(平成7)年11月25日初版第1刷発行
※底本の本文は、草稿による。
※本文中〔〕で括られた部分は、底本の編者により校訂された箇所である。
 (例)建物の影が落ちて呉れ〔る〕限界を
入力:砂場清隆
校正:noriko saito
2008年8月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制
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