たないんです。いくら賃銀は貰《もら》ったって、こんなあてのない仕事は厭《いや》だ、今年はもうだめなんだ、来年神官でも呼んで、よくお祭をしてから、コンクリーで底からやり直せと、まあ私たちは大丈夫のやうなことを云ひながら働いたもんです。それでもたうとう、十二月中には、雪の中で何とかかんとか、もとのやうな形になったんです。おまけに安心なことはその上に雪がすっかり被《かぶ》さったんです。堅まって二尺以上もあったでせう。」
「あゝさうです。その頃です。私の行ったのは。」私は急いで云ひました。
「化物丁場の話をどこでお聞きでした。」
「春木場です。」
「ではあなたのいらしゃったのは、鉄道院の検査官の来た頃です。」
「いや、その検査官かも知れませんよ、私が橋場から戻る途中で、せいの高い鼠《ねずみ》色の毛糸の頭巾《づきん》を被って、黒いオーバアを着た老人技師風の人たちや何かと十五六人に会ったんです。」
「天気のいゝ日でしたか。」
「天気がよくて雪がぎらぎらしてました。橋場では吹雪も吹いたんですが。一月の六七日頃ですよ。」
「ではそれだ。その検査官が来ましてね、この化物丁場はよくあちこちにある、山の岩の層が釣合がとれない為に起るって云ったさうですがね、誰《たれ》もあんまりほんとにはしませんや。」
「なるほど。」
 汽車が、藤根《ふぢね》の停車場に近くなりました。
 工夫の人は立って、棚《たな》から帽子をとり、道具を入れた布の袋を持って、扉《と》の掛金を外して停《と》まるのを待ってゐました。
「こゝでお下りになるんですか。いろいろどうもありがたう。私は斯《か》う云ふもんです。」
と云ひながら、私は処書《ところがき》のある名刺を出しました。
「さうですか。私は名刺を持って来ませんで。」その人は云ひながら、私の名刺を腹掛のかくしに入れました。汽車がとまりました。
「さよなら。」すばやくその人は飛び下りました。
「さよなら。」私は見送りました。その人は道具を肩にかけ改札の方へ行かず、すぐに線路を来た方に戻りました。その線路は、青い稲の田の中に白く光ってゐました。そらでは風も静まったらしく、大したあらしにもならないでそのまゝ霽《は》れるやうに見えたのです。



底本:「新修宮沢賢治全集 第十四巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年5月15日初版第1刷発行
   1983(昭和58)年1月20日初版第4刷発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2003年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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