「うんは。」その人は大へん曖昧《あいまい》な調子で答へました。これが、私を、どうしても、もっと詳しく化物丁場の噂を聴きたくしたのです。そこで私は、向ふに話をやめてしまはれない為《ため》に、又少し遠まはりのことから話し掛けました。
「鉄道院へ渡してから、壊れたのは今度始めてですか。」
「はあ、鉄道院でも大損す。」
「渡す前にも三四度壊れたんですね。」
「はあ、大きなのは三度です。」
「請負の方でも余程の損だったでせう。」
「はあ、やっぱり損だってました。あゝ云ふ難渋な処《ところ》にぶっつかっては全く損するより仕方ありません。」
「どうしてさう度々壊れたでせう。」
「なあに、私ぁ行ってから二度崩れましたが雨降るど崩れるんだ。さうだがらって水の為でもないんだ、全くをかしいです。」
「あなたも行って働いてゐたのですか。」
「私の行ったのは十一月でしたが、丁度砂利を盛って、そいつが崩れたばかりの処でした。全体、あれは請負の岩間組の技師が少し急いだんです。ああ云ふ場所だがら思ひ切って下の岩からコンクリー使へば善かったんです。それでもやっぱり崩れたかも知れませんが。」
「大した谷川も無かったやうでしたがね。」
「いゝえ、水は、いくらか、下の岩からも、横の山の崖《がけ》からも、湧《わ》くんです。土も黒くてしめってゐたのです。その土の上に、すぐ砂利を盛りましたから、一層いけなかったのです。」
 その時汽笛が鳴って汽車は発《た》ちました。私は行手の青く光ってゐる仙人《せんにん》の峡を眺《なが》め、それからふと空を見て、思はず、こいつはひどい、と、つぶやきました。雲が下の方と上の方と、すっかり反対に矢のやうに馳《は》せちがってゐたのです。
「また嵐《あらし》になりますよ。風がまったく変です。」私は工夫に云ひました。
 その人も一寸《ちょっと》立って窓から顔を出してそれから、
「まだまだ降ります、今日は一寸あらしの日曜といふ訳だ。」と、つぶやくやうに云ひながら、又席に戻りました。電信柱の瀬戸の碍子《がいし》が、きらっと光ったり、青く葉をゆすりながら楊《やなぎ》がだんだんめぐったり、汽車は丁度|黒沢尻《くろさはじり》の町をはなれて、まっすぐに西の方へ走りました。
「でその崩れた砂利を、あなたも積み直したのですか。」
「さうです。」その人は笑ひました。たしかにこの人は化物丁場の話をするのが
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