やすみだ。
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四月三日 今日はいい付《つ》けられて一日古い桑《くわ》の根掘《ねほ》りをしたので大へんつかれた。
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四月四日、上田君《うえだくん》と高橋君《たかはしくん》は今日も学校へ来なかった。上田君は師範《しはん》学校の試験《しけん》を受《う》けたそうだけれどもまだ入ったかどうかはわからない。なぜ農《のう》学校を二年もやってから師範学校なんかへ行くのだろう。高橋君は家で稼《かせ》いでいてあとは学校へは行かないと云ったそうだ。高橋君のところは去年《きょねん》の旱魃《かんばつ》がいちばんひどかったそうだから今年はずいぶん難儀《なんぎ》するだろう。それへ較《くら》べたらうちなんかは半分でもいくらでも穫《と》れたのだからいい方だ。今年は肥料《ひりょう》だのすっかり僕《ぼく》が考えてきっと去年の埋《う》め合せを付《つ》ける。実習《じっしゅう》は苗代掘《なわしろほ》りだった。去年の秋小さな盛《も》りにしていた土を崩《くず》すだけだったから何でもなかった。教科書がたいてい来たそうだ。ただ測量《そくりょう》と園芸《えんげい》が来ないとか云っていた。あしたは日曜だけれども無《な》くならないうちに買いに行こう。僕は国語と修身《しゅうしん》は農事試験場へ行った工藤《くどう》さんから譲《ゆず》られてあるから残《のこ》りは九|冊《さつ》だけだ。
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四月五日 日
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南万丁目《みなみまんちょうめ》へ屋根換《やねが》えの手伝《てつだ》え[#「え」に「(ママ)」の注記]にやられた。なかなかひどかった。屋根の上にのぼっていたら南の方に学校が長々と横《よこた》わっているように見えた。ぼくは何だか今日は一日あの学校の生徒《せいと》でないような気がした。教科書は明日買う。
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四月六日 月
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今日は入学|式《しき》だった。ぼんやりとしてそれでいて何だか堅苦《かたくる》しそうにしている新入生はおかしなものだ。ところがいまにみんな暴《あば》れ出す。来年になるとあれがみんな二年生になっていい気になる。さ来年はみんな僕《ぼく》らのようになってまた新入生をわらう。そう考《かんが》えると何だか変《へん》な気がする。伊藤君《いとうくん》と行って本屋《ほんや》へ教科書を九|冊《さつ》だけとっておいてもらうように頼《たの》んでおいた。
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四月七日 火、朝父から金を貰《もら》って教科書を買った。
 そして今日から授業《じゅぎょう》だ。測量《そくりょう》はたしかに面白《おもしろ》い。地図を見るのも面白い。ぜんたいここらの田や畑《はたけ》でほんとうの反別《たんべつ》になっている処《ところ》がないと武田《たけだ》先生が云《い》った。それだから仕事《しごと》の予定《よてい》も肥料《ひりょう》の入れようも見当がつかないのだ。僕《ぼく》はもう少し習《なら》ったらうちの田をみんな一|枚《まい》ずつ測《はか》って帳面《ちょうめん》に綴《と》じておく。そして肥料だのすっかり考えてやる。きっと今年は去年《きょねん》の旱魃《かんばつ》の埋《う》め合せと、それから僕の授業料《じゅぎょうりょう》ぐらいを穫《と》ってみせる。実習は今日も苗代掘《なわしろほ》りだった。


四月八日 水、今日は実習《じっしゅう》はなくて学校の行進歌《こうしんか》の練習《れんしゅう》をした。僕らが歌って一年生がまねをするのだ。けれどもぼくは何だか圧《お》しつけられるようであの行進歌《こうしんか》はきらいだ。何だかあの歌を歌うと頭が痛《いた》くなるような気がする。実習《じっしゅう》のほうが却《かえ》っていいくらいだ。学校から纏《まと》めて注文《ちゅうもん》するというので僕《ぼく》は苹果《りんご》を二本と葡萄《ぶどう》を一本|頼《たの》んでおいた。
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四月九日〔以下空白〕


一千九百|廿《にじゅう》五年五月五日 晴
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まだ朝の風は冷《つめ》たいけれども学校へ上り口の公園の桜《さくら》は咲《さ》いた。けれどもぼくは桜の花はあんまり好《す》きでない。朝日にすかされたのを木の下から見ると何だか蛙《かえる》の卵《たまご》のような気がする。それにすぐ古くさい歌やなんか思い出すしまた歌など詠《よ》むのろのろしたような昔《むかし》の人を考えるからどうもいやだ。そんなことがなかったら僕《ぼく》はもっと好きだったかも知れない。誰《だれ》も桜が立派《りっぱ》だなんて云《い》わなかったら僕はきっ
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