はこちらの世界の人民が向うの世界になるべく顔を出さぬように致したいのでございます。」
「わかりました。それではすぐやります。」
 ネネムはまっ白なちぢれ毛のかつらを被《かぶ》って黒い長い服を着て裁判室に出て行きました。部下がもう三十人ばかり席についています。
 ネネムは正面の一番高い処に座りました。向うの隅《すみ》の小さな戸口から、ばけものの番兵に引っぱられて出て来たのはせいの高い眼《め》の鋭《するど》い灰色のやつで、片手にほうきを持って居りました。一人の検事が声高く書類を読み上げました。
「ザシキワラシ。二十二|歳《さい》。アツレキ三十一年二月七日、表、日本岩手県|上閉伊《かみへい》郡|青笹《あおざさ》村|字《あざ》瀬戸二十一番戸伊藤万太の宅、八畳座敷中に故なくして擅《ほしいまま》に出現して万太の長男千太、八歳を気絶せしめたる件。」
「よろしい。わかった。」とネネムの裁判長が云いました。
「姓名|年齢《ねんれい》、その通りに相違《そうい》ないか。」
「相違ありません。」
「その方はアツレキ三十一年二月七日、伊藤万太方の八畳座敷に故なくして擅に出現したることは、しかとその通りに相違ないか。」
「全く相違ありません。」
「出現後は何を致した。」
「ザシキをザワッザワッと掃《は》いて居りました。」
「何の為《ため》に掃いたのだ。」
「風を入れる為です。」
「よろしい。その点は実に公益である。本官に於《おい》て大いに同情を呈《てい》する。しかしながらすでに妄《みだ》りに人の居ない座敷の中に出現して、箒《ほうき》の音を発した為に、その音に愕《おど》ろいて一寸のぞいて見た子供が気絶をしたとなれば、これは明らかな出現罪である。依《よ》って今日より七日間当ムムネ市の街路の掃除を命ずる。今後はばけもの世界長の許可なくして、妄りに向う側に出現することはならん。」
「かしこまりました。ありがとうございます。」
「実に名断だね。どうも実に今度の長官は偉い。」と判事たちは互《たがい》にささやき合いました。
 ザシキワラシはおじぎをしてよろこんで引っ込みました。
 次に来たのは鳶《とび》色と白との粘土で顔をすっかり隈取《くまど》って、口が耳まで裂《さ》けて、胸や足ははだかで、腰《こし》に厚い簑《みの》のようなものを巻いたばけものでした。一人の判事が書類を読みあげました。
「ウウウウエイ。三十
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