くさん》やって来た。助手もやっぱりやって来た。
「外でやろうか。外の方がやはりいいようだ。連れ出して呉れ。おい。連れ出してあんまりギーギー云わせないようにね。まずくなるから。」
 畜産の教師がいつの間にか、ふだんとちがった茶いろなガウンのようなものを着て入口の戸に立っていた。
 助手がまじめに入って来る。
「いかがですか。天気も大変いいようです。今日少しご散歩なすっては。」又一つ鞭をピチッとあてた。豚は全く異議もなく、はあはあ頬《ほお》をふくらせて、ぐたっぐたっと歩き出す。前や横を生徒たちの、二本ずつの黒い足が夢《ゆめ》のように動いていた。
 俄《にわ》かにカッと明るくなった。外では雪に日が照って豚はまぶしさに眼を細くし、やっぱりぐたぐた歩いて行った。
 全体どこへ行くのやら、向うに一本の杉《すぎ》がある、ちらっと頭をあげたとき、俄かに豚はピカッという、はげしい白光のようなものが花火のように眼の前でちらばるのを見た。そいつから億百千の赤い火が水のように横に流れ出した。天上の方ではキーンという鋭《するど》い音が鳴っている。横の方ではごうごう水が湧《わ》いている。さあそれからあとのことならば、もう私は知らないのだ。とにかく豚のすぐよこにあの畜産の、教師が、大きな鉄槌《てっつい》を持ち、息をはあはあ吐《は》きながら、少し青ざめて立っている。又豚はその足もとで、たしかにクンクンと二つだけ、鼻を鳴らしてじっとうごかなくなっていた。
 生徒らはもう大活動、豚の身体《からだ》を洗った桶《おけ》に、も一度新らしく湯がくまれ、生徒らはみな上着の袖《そで》を、高くまくって待っていた。
 助手が大きな小刀で豚の咽喉《のど》をザクッと刺しました。
 一体この物語は、あんまり哀《あわ》れ過ぎるのだ。もうこのあとはやめにしよう。とにかく豚はすぐあとで、からだを八つに分解されて、厩舎《きゅうしゃ》のうしろに積みあげられた。雪の中に一晩|漬《つ》けられた。
 さて大学生諸君、その晩空はよく晴れて、金牛宮もきらめき出し、二十四日の銀の角、つめたく光る弦月《げんげつ》が、青じろい水銀のひかりを、そこらの雲にそそぎかけ、そのつめたい白い雪の中、戦場の墓地のように積みあげられた雪の底に、豚はきれいに洗われて、八きれになって埋《うず》まった。月はだまって過ぎて行く。夜はいよいよ冴《さ》えたのだ。



底本:「新編 風の又三郎」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年2月25日発行
   2001(平成13)年4月25日14刷
底本の親本:「新修宮沢賢治全集」筑摩書房
入力:久保格
校正:林 幸雄
2003年8月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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