い》そうだからたべてはならんといい、世界中にこれを強《し》いようとする。これがビジテリアンである。この主張は、実に、人類の食物の半分を奪おうと企《くわだ》てるものである。換言《かんげん》すれば、この主張者たちは、世界人類の半分、則ち十億人を饑餓《きが》によって殺そうと計画するものではないか。今日いずれの国の法律を以《もっ》てしても、殺人罪は一番重く罰《ばっ》せられる。間接ではあるけれども、ビジテリアンたちも又この罪を免《まぬか》れない。近き将来、各国から委員が集って充分《じゅうぶん》商議の上厳重に処罰されるのはわかり切ったことである。又この事実は、ビジテリアンたちの主張が、畢竟《ひっきょう》自家撞着《じかどうちゃく》に終ることを示す。則ちビジテリアンは動物を愛するが故《ゆえ》に動物を食べないのであろう。何が故にその為に食物を得ないで死亡する、十億の人類を見殺しにするのであるか。人類も又動物ではないか。」
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「こいつは面白《おもしろ》い。実に名論だ。文章も実に珍無類《ちんむるい》だ。実に面白い。」トルコの地学博士はその肥《ふと》った顔を、まるで張り裂《さ》けるようにして笑いました。みんなも笑いました。とにかくみんな寝巻《ねまき》をぬいで、下に降りて、口を漱《すす》いだり顔を洗ったりしました。
それから私たちは、簡単に朝飯を済まして、式が九時から始まるのでしたから、しばらくバルコンでやすんで待っていました。
不意に教会の近くから、のろしが一発|昇《のぼ》りました。そらがまっ青に晴れて、一枚の瑠璃《るり》のように見えました。その冴《す》みきったよく磨《みが》かれた青ぞらで、まっ白なけむりがパッとたち、それから黄いろな長いけむりがうねうね下って来ました。それはたしかに、日本でやる下り竜《りゅう》の仕掛《しか》け花火です。そこで私ははっと気がつきました。こののろしは陳《ちん》氏があげているのだ、陳氏が支那式黄竜の仕掛け花火をやったのだと気がつきましたので、大悦《おおよろこ》びでみんなにも説明しました。
その時又、今朝のすてきなラッパの声が遠くから響《ひび》いて参りました。
「来た来た。さあどんな顔ぶれだか、一つ見てやろうじゃないか。」地学博士を先登《せんとう》に、私たちは、どやどや、玄関へ降りて行きました。たちまち一台の大きな赤い自働車がやって来ました。それには白い字でシカゴ畜産《ちくさん》組合と書いてありました。六人の、髪《かみ》をまるで逆立てた人たちが、シャツだけになって、顔をまっ赤にして、何か叫《さけ》びながら鼠色《ねずみいろ》や茶いろのビラを撒《ま》いて行きました。その鼠いろのを私は一枚手にとりました。それには赤い字で斯《こ》う書いてありました。
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「◎偏狭非学術的なるビジテリアンを排せ。
ビジテリアンの主張は全然|誤謬《ごびゅう》である。今この陰気な非学術的思想を動物心理学的に批判して見よう。
ビジテリアンたちは動物が可哀そうだから食べないという。動物が可哀そうだということがどうしてわかるか。ただこっちが可哀そうだと思うだけである。全体|豚《ぶた》などが死というような高等な観念を持っているものではない。あれはただ腹が空《へ》った、かぶらの茎《くき》、噛《か》みつく、うまい、厭《あ》きた、ねむり、起きる、鼻がつまる、ぐうと鳴らす、腹がへった、麦糠《むぎぬか》、たべる、うまい、つかれた、ねむる、という工合《ぐあい》に一つずつの小さな現在が続いて居るだけである。殺す前にキーキー叫ぶのは、それは引っぱられたり、たたかれたりするからだ、その証拠《しょうこ》には、殺すつもりでなしに、何か鶏卵《けいらん》の三十も少し遠くの方でご馳走《ちそう》をするつもりで、豚の足に縄《なわ》をつけて、ひっぱって見るがいいやっぱり豚はキーキー云う。こんな訳だから、ほんとうに豚を可哀そうと思うなら、そうっと怒《おこ》らせないように、うまいものをたべさせて置いて、にわかに熱湯にでもたたき込んでしまうがいい、豚は大悦びだ、くるっと毛まで剥《む》けてしまう。われわれの組合では、この方法によって、沢山《たくさん》の豚を悦ばせている。ビジテリアンたちは、それを知らない。自分が死ぬのがいやだから、ほかの動物もみんなそうだろうと思うのだ。あんまり子供らしい考である。」
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私は無理に笑おうと思いましたが何だか笑えませんでした。地学博士も黄いろなパンフレットを読んでしまって少し変な顔をしていました。私たちは目を見合せました。それからだまってお互《たがい》のパンフレットをとりかえました。黄色なパンフレットには斯う書いてあったのです。
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「◎偏狭非学術的なビジテリアンを排せ。
ビジ
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