さんご》類のように植物に似たやつもあれば植物の中にだって食虫植物もある、睡眠《すいみん》を摂《と》る植物もある、睡《ねむ》る植物などは毎晩|邪魔《じゃま》して睡らせないと枯《か》れてしまう、食虫植物には小鳥を捕《と》るのもあり人間を殺すやつさえあるぞ。殊《こと》にバクテリアなどは先頃《せんころ》まで度々《たびたび》分類学者が動物の中へ入れたんだ。今はまあ植物の中へ入れてあるがそれはほんのはずみなのだ。そんな曖昧《あいまい》な動物かも知れないものは勿論|仁慈《じんじ》に富めるビジテリアン諸氏は食べたり殺したりしないだろう。ところがどうだ諸君諸君が一寸《ちょっと》菜っ葉へ酢《す》をかけてたべる、そのとき諸君の胃袋《いぶくろ》に入って死んでしまうバクテリアの数は百億や二百億じゃ利《き》けゃしない。諸君が一寸|葡萄《ぶどう》をたべるその一|房《ふさ》にいくらの細菌や酵母《こうぼ》がついているか、もっと早いとこ諸君が町の空気を吸う一回に多いときなら一万ぐらいの細菌が殺される。そんな工合《ぐあい》で毎日生きていながら私はビジテリアンですから牛肉はたべません、なんて、牛肉はいくら喰べたって一つの命の百分の一にもならないのだ、偽善《ぎぜん》と云おうか無智と云おうかとても話にならない。本とうに動物が可あいそうなら植物を喰べたり殺したりするのも廃《よ》し給《たま》え。動物と植物とを殺すのをやめるためにまず水と食塩だけ呑《の》み給え。水はごくいい湧水《わきみず》にかぎる、それも新鮮な処《ところ》にかぎる、すこし置いたんじゃもうバクテリアが入るからね、空気は高山や森のだけ吸い給え、町のはだめだ。さあ諸君みんなどこかしんとした山の中へ行っていい空気といい水と岩塩でもたべながらこのビジテリアン大祭をやるようにし給え。ここの空気は吸っちゃいけないよ。吸っちゃいけないよ。」
 拍手は起り、笑声も起りましたが多くの人はだまって考えていました。その男はもう大得意でチラッとさっき懺悔《ざんげ》してビジテリアンになった友人の方を見て自分の席へ帰りました。すると私の愕《おどろ》いたことはこの時まで腕《うで》を拱《こまね》いてじっと座《すわ》っていた陳《ちん》氏がいきなり立って行ったことでした。支那《しな》服で祭壇に立ってはじめて私の顔を見て一寸かすかに会釈《えしゃく》しました。それから落ち着いて流暢《りゅうちょう》な英語で反駁《はんぱく》演説をはじめたのです。
「只今《ただいま》のご論旨《ろんし》は大へん面白いので私も早速空気を吸うのをやめたいと思いましたがその前に一寸一言ご返事をしたいと存じます。どうぞその間空気を吸うことをお許し下さい。
 さて只今のご論旨ではビジテリアンたるものすべからく無菌の水と岩石ぐらいを喰べて海抜《かいばつ》二千尺以上ぐらいの高い処に生活すべしというのでありましたが、なるほど私共の中には一酸化炭素と水とから砂糖を合成する事をしきりに研究している人もあります。けれども茲《ここ》ではまず生物連続が面白かったようですからそれを色々応用して見ます。則ち人類から他の哺乳類鳥類|爬虫《はちゅう》類魚類それから節足動物とか軟体《なんたい》動物とか乃至《ないし》原生動物それから一転して植物、の細菌類、それから多細胞《たさいぼう》の羊歯《しだ》類|顕花《けんか》植物と斯《こ》う連続しているからもし動物がかあいそうなら生物みんな可哀《かあい》そうになれ、顕花植物なども食べても切ってもいかんというのですが、連続をしているものはまだいろいろあります。仮令《たとえ》ば人間の一生は連続している、嬰児《えいじ》期幼児期少年少女期青年処女期壮年期老年期とまあ斯うでしょう、ところが実はこれは便宜《べんぎ》上勝手に分類したので実は連続しているはっきりした堺《さかい》はない、ですから、若《も》し四十になる人が代議士に出るならば必ず生れたばかりの嬰児も代議士を志願してフロックコートを着て政見を発表したり燕尾服《えんびふく》を着て交際したりしなければいけない、又小学校の一年生にエービースィーを教えるなら大学校でもなぜ文学より見たる理論化学とか、相対性学説の難点とかそんなことばかりやってエービースィーを教えないか、と斯う云うことになります。或《あるい》は他《ほか》の例を以《もっ》てするならば元来変態心理と正常な心理とは連続的でありますから人類は須《すべから》く瘋癲《ふうてん》病院を解放するか或はみんな瘋癲病院に入らなければいけないと斯うなるのであります。この変てこな議論が一見菜食にだけ適用するように思われるのはそれは思う人がまだこの問題を真剣に考え真実に実行しなかった証拠《しょうこ》であります。斯んなことはよくあるのです。
 いくら連続していてもその両端《りょうたん》では大分ちがって
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