ある。路《みち》のかたわらなる草花は或《あるい》は赤く或は白い。金剛石《こんごうせき》は硬《かた》く滑石《かっせき》は軟《やわ》らかである。牧場は緑に海は青い。その牧場にはうるわしき牛|佇立《ちょりつ》し羊群|馳《か》ける。その海には青く装《よそお》える鰯も泳ぎ大《おおい》なる鯨も浮《うか》ぶ。いみじくも造られたる天地よ、自然よ。どうです諸君ご異議がありますか。」
 式場はしいんとして返事がありませんでした。博士は実に得意になってかかとで一つのびあがり手で円くぐるっと環《わ》を描《えが》きました。
「その中の出来事はみな神の摂理である。総《すべ》ては総てはみこころである。誠《まこと》に畏《かしこ》き極みである。主の恵み讃うべく主のみこころは測るべからざる哉《かな》。われらこの美しき世界の中にパンを食《は》み羊毛と麻《あさ》と木綿とを着、セルリイと蕪菁《ターニップ》とを食み又|豚《ぶた》と鮭《さけ》とをたべる。すべてこれ摂理である。み恵みである。善である。どうです諸君。ご異議がありますか。」
 博士は今度は少し心配そうに顔色を悪くしてそっと式場を見まわしました。それから、まるで脱兎《だっと》のような勢で結論にはいりました。
「私はシカゴ畜産組合の顧問でも何でもない。ただ神の正義を伝えんが為に茲《ここ》に来た。諸君、諸君は神を信ずる。何が故《ゆえ》に神に従わないか。何故に神の恩恵《おんけい》を拒《こば》むのであるか。速《すみやか》にこれを悔悟《かいご》して従順なる神の僕《しもべ》となれ。」
 博士は最後に大咆哮を一つやって電光のように自分の席に戻《もど》りそこから横目でじっと式場を見まわしました。拍手が起りましたが同時に大笑いも起りました。というのは私たちは式場の神聖を乱すまいと思ってできるだけこらえていたのでしたがあんまり博士の議論が面白いのでしまいにはとうとうこらえ切れなくなったのでした。一番前列に居た小さな信者が立ちあがって祭司次長に何か云《い》いました。次長は大きくうなずきました。
 その人はこの村の小学校の先生なようでした。落ちついて祭壇《さいだん》に立ってそれから叮寧《ていねい》にさっきのマットン博士に会釈《えしゃく》しました。博士はたしかに青くなってぶるぶる顫《ふる》えていました。その信者は次に式場全体に挨拶《あいさつ》しました。拍手《はくしゅ》は強く起り
前へ 次へ
全38ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング