ってそいつを持《も》って警察《けいさつ》の小使室《こづかいしつ》へ帰るんです。」「変《へん》だねえ、なるほどねえ。」「何でも五回か六回かそんなことがあったそうです。そしたらある日|署長《しょちょう》のとこへ差出人《さしだしにん》の名の書いてない変な手紙が行ったんです。署長が見たら今のことでしょう、けれども署長《しょちょう》は笑《わら》ってました。なぜって巡査《じゅんさ》なんてものは実際《じっさい》月給《げっきゅう》も僅《わず》かですしね、くらしに困《こま》るものなんです。」「なるほどねえ、そりゃそうだねえ。」
「ところがねえ、次《つぎ》が大へんなんですよ、耕牧舎《こうぼくしゃ》の飼牛《かいうし》がね、結核《けっかく》にかかっていたんですがある日とうとう死《し》んだんです。ところが病気《びょうき》のけだものは死んだら棄《す》てなくちゃいけないでしょう。けれども何せ売れば二、三百にはなるんです。誰《だれ》だって惜《お》しいとは思います。耕牧舎でもこっそりそれを売っているらしいというんです。行って見て来いってうわけでバキチが剣《けん》をがちゃつかせ、耕牧舎へやって来たでしょう。耕牧舎でもじっさい困《こま》ってしまったのです。バキチが入って行きましたらいきなり一|疋《ぴき》の牛を叩《たた》いてあばれさせました。牛もびっくりしましたね、いきなり外に飛《と》び出してバキチに突《つ》いてかかったんです。
 バキチはすっかりまごついて一目散《いちもくさん》に警察《けいさつ》へ遁《に》げて帰ったんです。そして署長のところへ行って耕牧舎では牛の皮《かわ》だけはいで肉と骨《ほね》はたしかに土に埋《う》めていましたって報告《ほうこく》したんです。ところがそれが知れたでしょう。
 町のものもみんな笑《わら》いました。署長もすっかり怒《おこ》ってしまいある朝|役所《やくしょ》へ出るとすぐいきなりバキチを呼《よ》び出して斯《こ》う申《もう》し渡《わた》したと云《い》います。バキチ、きさまもだめなやつだ、よくよくだめなやつなんだ。もう少し見所《みどころ》があると思ったのに牛につっかかれたくらいで職務《しょくむ》も忘《わす》れて遁《に》げるなんてもう今日限《きょうかぎ》り免官《めんかん》だ。すぐ服《ふく》をぬげ。と来たでしょう。バキチのほうでももう大抵《たいてい》巡査《じゅんさ》があきていたんです。
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