ものがあります。
 今夜は何が来てもゆうべのかっこうのようにはじめからおどかして追い払《はら》ってやろうと思ってコップをもったまま待ち構えて居《お》りますと、扉がすこしあいて一疋の狸《たぬき》の子がはいってきました。ゴーシュはそこでその扉をもう少し広くひらいて置いてどんと足をふんで、
「こら、狸、おまえは狸汁《たぬきじる》ということを知っているかっ。」とどなりました。すると狸の子はぼんやりした顔をしてきちんと床へ座《すわ》ったままどうもわからないというように首をまげて考えていましたが、しばらくたって
「狸汁ってぼく知らない。」と云いました。ゴーシュはその顔を見て思わず吹《ふ》き出そうとしましたが、まだ無理に恐《こわ》い顔をして、
「では教えてやろう。狸汁というのはな。おまえのような狸をな、キャベジや塩とまぜてくたくたと煮《に》ておれさまの食うようにしたものだ。」と云いました。すると狸の子はまたふしぎそうに
「だってぼくのお父さんがね、ゴーシュさんはとてもいい人でこわくないから行って習えと云ったよ。」と云いました。そこでゴーシュもとうとう笑い出してしまいました。
「何を習えと云ったんだ。
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