た。倉庫《そうこ》の屋根《やね》もあんまりのその怒りように、まさかこんなはずではなかったと言うように少しあきれて、だまってその顔を見ていました。お日さまはずうっと高くなり、シグナルとシグナレスとはほっとまたため息《いき》をついてお互《たが》いに顔を見合わせました。シグナレスは瞳《ひとみ》を少し落《お》とし、シグナルの白い胸《むね》に青々と落ちた眼鏡《めがね》の影《かげ》をチラッと見て、それからにわかに目をそらして自分のあしもとをみつめ考え込《こ》んでしまいました。
今夜は暖《あたた》かです。
霧《きり》がふかくふかくこめました。
その霧を徹《とお》して、月のあかりが水色にしずかに降《ふ》り、電信柱も枕木《まくらぎ》も、みんな寝《ね》しずまりました。
シグナルが待《ま》っていたようにほっと息《いき》をしました。シグナレスも胸《むね》いっぱいのおもいをこめて、小さくほっといきしました。
その時シグナルとシグナレスとは、霧の中から倉庫の屋根の落ちついた親切らしい声の響《ひび》いて来るのを聞きました。
「お前たちは、全《まった》くきのどくだね、わたしたちは、今朝うまくやってやろうと思ったんだが、かえっていけなくしてしまった。ほんとにきのどくなことになったよ。しかしわたしには、また考《かんが》えがあるから、そんなに心配《しんぱい》しないでもいいよ。お前たちは霧《きり》でお互《たが》いに顔も見えずさびしいだろう」
「ええ」
「ええ」
「そうか、ではおれが見えるようにしてやろう。いいか、おれのあとについて二人いっしょにまねをするんだぜ」
「ええ」
「そうか。ではアルファー」
「アルファー」
「ビーター」「ビーター」
「ガムマー」「ガムマーアー」
「デルター」「デールータァーアアア」
実《じつ》に不思議《ふしぎ》です。いつかシグナルとシグナレスとの二人は、まっ黒な夜の中に肩《かた》をならべて立っていました。
「おや、どうしたんだろう。あたり一面《いちめん》まっ黒びろうどの夜だ」
「まあ、不思議《ふしぎ》ですわね。まっくらだわ」
「いいや、頭の上が星でいっぱいです。おや、なんという大きな強い星なんだろう。それに見たこともない空の模様《もよう》ではありませんか、いったいあの十三|連《れん》なる青い星はどこにあったのでしょう、こんな星は見たことも聞いたこともありませんね、僕
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