」
おかみさんはおろおろ泣きはじめました。すると主人がにわかに元気になってむっくり起き上がりました。
「よし。イーハトーヴの野原で、指折り数えられる大百姓のおれが、こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ。ブドリ、おまえおれのうちへ来てから、まだ一晩も寝たいくらい寝たことがないな。さあ、五日でも十日でもいいから、ぐうというくらい寝てしまえ。おれはそのあとで、あすこの沼ばたけでおもしろい手品《てずま》をやって見せるからな。その代わりことしの冬は、家じゅうそばばかり食うんだぞ。おまえそばはすきだろうが。」それから主人はさっさと帽子をかぶって外へ出て行ってしまいました。
ブドリは主人に言われたとおり納屋《なや》へはいって眠ろうと思いましたが、なんだかやっぱり沼ばたけが苦になってしかたないので、またのろのろそっちへ行って見ました。するといつ来ていたのか、主人がたった一人腕組みをして土手に立っておりました。見ると沼ばたけには水がいっぱいで、オリザの株は葉をやっと出しているだけ、上にはぎらぎら石油が浮かんでいるのでした。主人が言いました。
「いまおれ、この病気を蒸し殺してみるところだ。」
「石
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