ブドリがふっと目をひらいたとき、いきなり頭の上で、いやに平べったい声がしました。
「やっと目がさめたな。まだお前は飢饉《ききん》のつもりかい。起きておれに手伝わないか。」見るとそれは茶いろなきのこしゃっぽ[#「きのこしゃっぽ」に傍点]をかぶって外套《がいとう》にすぐシャツを着た男で、何か針金でこさえたものをぶらぶら持っているのでした。
「もう飢饉は過ぎたの? 手伝えって何を手伝うの?」
 ブドリがききました。
「網掛けさ。」
「ここへ網を掛けるの?」
「掛けるのさ。」
「網をかけて何にするの?」
「てぐす[#「てぐす」に傍点]を飼うのさ。」見るとすぐブドリの前の栗《くり》の木に、二人の男がはしごをかけてのぼっていて、一生けん命何か網を投げたり、それを操《あやつ》ったりしているようでしたが、網も糸もいっこう見えませんでした。
「あれでてぐすが飼えるの?」
「飼えるのさ。うるさいこどもだな。おい、縁起でもないぞ。てぐすも飼えないところにどうして工場なんか建てるんだ。飼えるともさ。現におれをはじめたくさんのものが、それでくらしを立てているんだ。」
 ブドリはかすれた声で、やっと、
「そうですか。」と言いました。
「それにこの森は、すっかりおれが買ってあるんだから、ここで手伝うならいいが、そうでもなければどこかへ行ってもらいたいな。もっともお前はどこへ行ったって食うものもなかろうぜ。」
 ブドリは泣き出しそうになりましたが、やっとこらえて言いました。
「そんなら手伝うよ。けれどもどうして網をかけるの?」
「それはもちろん教えてやる。こいつをね。」男は、手に持った針金の籠《かご》のようなものを両手で引き伸ばしました。
「いいか。こういう具合にやるとはしごになるんだ。」
 男は大またに右手の栗《くり》の木に歩いて行って、下の枝に引っ掛けました。
「さあ、今度はおまえが、この網をもって上へのぼって行くんだ。さあ、のぼってごらん。」
 男は変なまりのようなものをブドリに渡しました。ブドリはしかたなくそれをもってはしご[#「はしご」に傍点]にとりついて登って行きましたが、はしご[#「はしご」に傍点]の段々がまるで細くて手や足に食いこんでちぎれてしまいそうでした。
「もっと登るんだ。もっと、もっとさ。そしたらさっきのまり[#「まり」に傍点]を投げてごらん。栗の木を越すようにさ。そいつ
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