ているように思いました。じっさい山は、その時はげしくゆれ出して、ブドリは床へ投げ出されていたのです。大博士が言いました。
「やるぞ、やるぞ。いまのはサンムトリの市へも、かなり感じたにちがいない。」
 老技師が言いました。
「今のはぼくらの足もとから、北へ一キロばかり、地表下七百メートルぐらいの所で、この小屋の六七十倍ぐらいの岩の塊《かたまり》が熔岩《ようがん》の中へ落ち込んだらしいのだ。ところがガスがいよいよ最後の岩の皮をはね飛ばすまでには、そんな塊を百も二百も、じぶんのからだの中にとらなければならない。」
 大博士はしばらく考えていましたが、
「そうだ、僕はこれで失敬しよう。」と言って小屋を出て、いつかひらりと船に乗ってしまいました。老技師とブドリは、大博士があかりを二三度振って挨拶《あいさつ》しながら、山をまわって向こうへ行くのを見送ってまた小屋にはいり、かわるがわる眠ったり観測したりしました。そして明け方ふもとへ工作隊がつきますと、老技師はブドリを一人小屋に残して、きのう指さしたあの草地まで降りて行きました。みんなの声や、鉄の材料の触れ合う音は、下から風の吹き上げるときは、手にとるように聞こえました。ペンネン技師からはひっきりなしに、向こうの仕事の進み具合も知らせてよこし、ガスの圧力や山の形の変わりようも尋ねて来ました。それから三日の間は、はげしい地震や地鳴りのなかで、ブドリのほうもふもとのほうもほとんど眠るひまさえありませんでした。その四日目の午前、老技師からの発信が言って来ました。
「ブドリ君だな。すっかりしたくができた。急いで降りてきたまえ。観測の器械は一ぺん調べてそのままにして、表《ひょう》は全部持ってくるのだ。もうその小屋はきょうの午後にはなくなるんだから。」
 ブドリはすっかり言われたとおりにして山を降りて行きました。そこにはいままで局の倉庫にあった大きな鉄材が、すっかり櫓《やぐら》に組み立っていて、いろいろな器械はもう電流さえ来ればすぐに働き出すばかりになっていました。ペンネン技師の頬《ほお》はげっそり落ち、工作隊の人たちも青ざめて目ばかり光らせながら、それでもみんな笑ってブドリに挨拶《あいさつ》しました。
 老技師が言いました。
「では引き上げよう。みんなしたくして車に乗りたまえ。」みんなは大急ぎで二十台の自動車に乗りました。車は列になって山の
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