。」と斯う言った。
「おや、何だって? さよならだ?」月が俄《にわ》かに象に訊《き》く。
「ええ、さよならです。サンタマリア。」
「何だい、なりばかり大きくて、からっきし意気地《いくじ》のないやつだなあ。仲間へ手紙を書いたらいいや。」月がわらって斯う云った。
「お筆も紙もありませんよう。」象は細ういきれいな声で、しくしくしくしく泣き出した。
「そら、これでしょう。」すぐ眼の前で、可愛《かあい》い子どもの声がした。象が頭を上げて見ると、赤い着物の童子が立って、硯《すずり》と紙を捧《ささ》げていた。象は早速手紙を書いた。
「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出て来て助けてくれ。」
 童子はすぐに手紙をもって、林の方へあるいて行った。
 赤衣《せきい》の童子が、そうして山に着いたのは、ちょうどひるめしごろだった。このとき山の象どもは、沙羅樹《さらじゅ》の下のくらがりで、碁《ご》などをやっていたのだが、額をあつめてこれを見た。
「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出てきて助けてくれ。」
 象は一せいに立ちあがり、まっ黒になって吠《ほ》えだした。
「オツベルをやっつけよう」議長の象が高く叫《さけ》ぶと、
「おう、でかけよう。グララアガア、グララアガア。」みんながいちどに呼応する。
 さあ、もうみんな、嵐《あらし》のように林の中をなきぬけて、グララアガア、グララアガア、野原の方へとんで行く。どいつもみんなきちがいだ。小さな木などは根こぎになり、藪《やぶ》や何かもめちゃめちゃだ。グワア グワア グワア グワア、花火みたいに野原の中へ飛び出した。それから、何の、走って、走って、とうとう向うの青くかすんだ野原のはてに、オツベルの邸《やしき》の黄いろな屋根を見附《みつ》けると、象はいちどに噴火《ふんか》した。
 グララアガア、グララアガア。その時はちょうど一時半、オツベルは皮の寝台《しんだい》の上でひるねのさかりで、烏《からす》の夢《ゆめ》を見ていたもんだ。あまり大きな音なので、オツベルの家の百姓どもが、門から少し外へ出て、小手をかざして向うを見た。林のような象だろう。汽車より早くやってくる。さあ、まるっきり、血の気も失せてかけ込《こ》んで、
「旦那《だんな》あ、象です。押し寄せやした。旦那あ、象です。」と声をかぎりに叫んだもんだ。
 ところがオツベルはやっぱりえらい。眼をぱっ
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