のを見ました。その人は、町から、水泳で子供らの溺《おぼ》れるのを助けるために雇はれて来てゐるのでしたが、何ぶんひまに見えたのです。今日だって実際ひまなもんだから、あゝやって用もない鉄梃なんかかついで、動かさなくてもいゝ途方もない大きな石を動かさうとして見たり、丁度私どもが遊びにしてゐる発電所のまねなどを、鉄梃まで使って本当にごつごつ岩を掘って、浮岩の層のたまり水を干さうとしたりしてゐるのだと思ふと、私どもは実は少しをかしくなったのでした。
ですからわざと真面目《まじめ》な顔をして、
「こゝの水少し干した方いゝな、鉄梃を貸しませんか。」
と云ふものもありました。
するとその男は鉄梃《かなてこ》でとんとんあちこち突いて見てから、
「こゝら、岩も柔いやうだな。」と云ひながらすなほに私たちに貸し、自分は又上流の波の荒いところに集ってゐる子供らの方へ行きました。すると子供らは、その荒いブリキ色の波のこっち側で、手をあげたり脚を俥屋《くるまや》さんのやうにしたり、みんなちりぢりに遁《に》げるのでした。私どもはははあ、あの男はやっぱりどこか足りないな、だから子供らが鬼のやうにこはがってゐるのだと思って遠くから笑って見てゐました。
さてその次の日も私たちはイギリス海岸に行きました。
その日は、もう私たちはすっかり川の心持ちになれたつもりで、どんどん上流の瀬の荒い処から飛び込み、すっかり疲れるまで下流の方へ泳ぎました。下流であがっては又野蛮人のやうにその白い岩の上を走って来て上流の瀬にとびこみました。それでもすっかり疲れてしまふと、又昨日の軽石層のたまり水の処に行きました。救助係はその日はもうちゃんとそこに来てゐたのです。腕には赤い巾《きれ》を巻き鉄梃も持ってゐました。
「お暑うござんす。」私が挨拶《あいさつ》しましたらその人は少しきまり悪さうに笑って、
「なあに、おうちの生徒さんぐらゐ大きな方ならあぶないこともないのですが一寸《ちょっと》来て見た所です。」と云ふのでした。なるほど私たちの中でたしかに泳げるものはほんたうに少かったのです。もちろん何かの張合で誰《たれ》かが溺《おぼ》れさうになったとき間違ひなくそれを救へるといふ位のものは一人もありませんでした。だんだん談《はな》して見ると、この人はずゐぶんよく私たちを考へてゐて呉《く》れたのです。救助区域はずうっと下流の筏《い
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