オも鳴っていなかったのです。私はそれをあんまり永《なが》く見て眼も眩《くら》くなりよろよろしました。
「ごらん、蒼孔雀《あおくじゃく》を。」さっきの右はじの子供が私と行きすぎるときしずかに斯う云いました。まことに空のインドラの網のむこう、数しらず鳴りわたる天鼓《てんこ》のかなたに空一ぱいの不思議《ふしぎ》な大きな蒼い孔雀が宝石製《ほうせきせい》の尾《お》ばねをひろげかすかにクウクウ鳴きました。その孔雀はたしかに空には居《お》りました。けれども少しも見えなかったのです。たしかに鳴いておりました。けれども少しも聞えなかったのです。
そして私は本統《ほんとう》にもうその三人の天の子供らを見ませんでした。
却《かえ》って私は草穂《くさぼ》と風の中に白く倒れている私のかたちをぼんやり思い出しました。
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●入力者注
※1 インドラ=帝釈天。インドのヴェーダ神話の神が仏教に取り入れられたもので、仏法を護る神。その宮殿の屋根には美しい網がかかる。
※2 高陵=磁器の原材料の産出で著名な中国の地名。
※3 複六方錐=六辺の三角錐が上下に合わさったもの。
※4 鋼玉=ダイアモンドに次いで堅い鉱石。
※5 金剛石=ダイアモンドのこと。
※6 劈開=鉱物が一定の方向に割れる性質。
※7 青宝玉=サファイアのこと。
※8 黄水晶=シトリンのこと。
※9 天河石=アマゾナイトのこと。
※10 天=天人のこと。
※11 由旬=古代インドで使われた距離の単位。1由旬は7〜9マイルともいわれる。
※12 瓔珞=仏像の装飾に用いられるインドの装身具。
※13 昧爽=薄明のこと。
※14 まるめろ=バラ科の植物名。
※15 羅=薄物。薄く織った織物またはその織物で作った夏用の衣服。
※16 寂静印=仏教の絶対基準の1つ、「悟りの境地」のこと。
※17 硅砂=「硅」はシリカを指す。
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底本:「インドラの網」角川文庫、角川書店
1996(平成8)年6月20日再版発行
底本の親本:「新校本 宮澤賢治全集」筑摩書房
1995(平成7)年5月発行
入力:浜野智
校正:浜野智
1999年1月31日公開
1999年8月26日修正
青空文庫作成ファイル:
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