頑丈《がんじょう》そうな変に小さな腰の曲ったおじいさんで、一枚の板きれの上に四本の鯨油《げいゆ》蝋燭《ろうそく》をともしたのを両手に捧げてしきりに斯《こ》う叫んで来るのでした。
「家の中の燈火を消せい。電燈を消してもほかのあかりを点けちゃなんにもならん。家の中のあかりを消せい。」
あかりをつけている家があると、そのおじいさんはいちいちその戸口に立って叫ぶのでした。
「家の中のあかりを消せい。電燈を消してもほかのあかりをつけちゃなんにもならん。家の中のあかりを消せい。」
その声はガランとした通りに何べんも反響してそれから闇に消えました。
この人はよほどみんなに敬われているようでした。どの人もどの人もみんな丁寧におじぎをしました。おじいさんはいよいよ声をふりしぼって叫んで行くのでした。
「家のなかのあかりを消せい。電燈を消してもほかのあかりをつけちゃなんにもならん。家の中のあかりを消せい。いや、今晩は。」
叫びながら右左の人に挨拶を返して行くのでした。
「あの人は何ですか。」私は火にあたっているアーティストにたずねました。
「撃剣《げつけん》の先生です。」
ところがその撃剣の先生
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