きました。三十一日わたくしはそこの理科大学の標本をも見せて貰うように途中から手紙をだしてあったのです。わたくしが写真器と背嚢《はいのう》をたくさんもってセンダードの停車場に下りたのは、ちょうど灯がやっとついた所でした。わたくしは大学のすぐ近くのホテルからの客を迎える自動車へほかの五六人といっしょに乗りました。採って来たたくさんの標本をもってその巨きな建物の間を自動車で走るとき、わたくしはまるで凱旋《がいせん》の将軍のような気がしました。ところがホテルへ着いて見ると、この暑いのに窓がすっかり閉めてあるのです。室へ通されてみると仲々むし暑いので、わたくしは給仕に、
「おい、どうしたんだ。窓をあけたらいいじゃないか。」と云いました。
すると給仕はてかてかの髪をちょっと撫でて、
「はい、誠にお気の毒でございますが、当地方には、毒蛾《どくが》がひどく発生して居りまして、夕刻からは窓をあけられませんのでございます。只今、扇風機を運んで参ります。」と云ったのでした。
なるほど、そう云って出て行く給仕を見ますと、首にまるで石の環をはめたような厚い繃帯をして、顔もだいぶはれていましたから、きっと、そ
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