え。」
「あすこから?」
 子どもは山羊の首から帯皮をとりながら畑の向うでかげろうにぎらぎらゆれている、やっと青みがかったアカシヤの列を見ました。
「すいぶん遠くまで来たんだねえ。」
「ああ、じゃ、僕こっちへ行くんだから。さよなら。」
「あ、ちょっと待って。ぼくなにかあげたいんだけれどもなんにもなくてねえ。」
「いいや、ぼくなんにもいらないんだ。山羊を連れてくるのは面白かった。」
「だけれどねえ、それではわたしが気が済まないんだよ。そうだ、あなたは鎖はいらないの。」
 わたくしは時計の鎖なら、なくても済むと思いながら銀の鎖をはずしました。
「いいや。」
「磁石もついてるよ。」
 すると子どもは顔をぱっと熱《ほて》らせましたが、またあたりまえになって、
「だめだ、磁石じゃ探せないから。」とぼんやり云いました。
「磁石で探せないって?」私はびっくりしてたずねました。
「ああ。」子どもは何か心もちのなかにかくしていたことを見られたというように少しあわてました。
「何を探すっていうの。」
 子どもはしばらくちゅうちょしていましたが、とうとう思い切ったらしく云いました。
「ポラーノの広場。」

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