ごろありもしない卵をさがせというのはこれは慰労《いろう》休暇のつもりなのだ。それほどわたくしが所長にもみんなにも働いていると思われていたのか、ありがたいありがたいと心の中で雀躍《じゃくやく》しました。すると所長は私の顔は少しも見ないで、やっぱり新聞を見ながら、
「会計へまわって見積《みつもり》旅費を受けとるように。」と一言だけ云いました。
わたくしは叮嚀《ていねい》に礼をして室を出ました。それからその辞令をみんなに一人ずつ見せて挨拶してあるき、おしまいに会計に行きましたら、会計の老人はちょっと渋い顔付きはしていましたが、だまってわたくしの印を受け取って大きな紙幣を八枚も渡してくれました。ほかに役所の大きな写真器械や双眼鏡も借りました。うちへ帰ると、わたくしは持っていたレコードをみんな町の古時計屋へ売ってしまいました。そして大きなへりのついたパナマの帽子と卵いろのリンネルの服を買いました。
次の朝わたくしは番小屋にすっかりかぎをおろし、一番の汽車でイーハトーヴォ海岸の一番北のサーモの町に立ちました。その六十里の海岸を町から町へ、岬《みさき》から岬へ、岩礁《がんしょう》から岩礁へ、海藻
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