ないんだ。ほんとうに骨組みと要るとこだけやればいいんだから。あとは仕事がひとりでそれを教えるし、だんだんじぶんで読んで行けるから。」
「ぼくらは冬にあの工場へ集ったりしていろいろこさえようじゃないか。ファゼーロが皮を染めたりするだろう、ぼくはへただけれどもチョッキはつくれるよ。ミーロはいつでも上手に帽子をこしらえているんだから、仕事にやったらもっと上手にできるだろう。」
「そうだそうだ。ぼくらは冬につくったものをお互で取り換えようねえ。ぼくは木をくってこしらえるものならすきだよ。」
「やろうやろう。夏にははたけや野原ではたらいて食べるものをとるし、冬にはお互で要るものをこしらえて取りかえれば……。」
 ミーロがにわかに風があんまり烈しく吹いてきたので眼を細くしながら坐りました。はんの木もまるで弓のようになりました。
 その風のなかでわたくしはまた立ちました。
「そうだ、諸君、あたらしい時代はもう来たのだ。この野原のなかにまもなく千人の天才がいっしょに、お互に尊敬し合いながら、めいめいの仕事をやって行くだろう。ぼくももうきみらの仲間にはいろうかなあ。」
「ああはいっておくれ。おい、みんな、キューストさんがぼくらのなかまへはいると。」
「ロザーロ姉さんをもらったらいいや。」だれかが叫びました。
 わたくしは思わずぎくっとしてしまいました。
「いや、わたくしはまだまだ勉強しなければならない。この野原へ来てしまっては、わたくしにはそれはいいことでない。いや、わたくしははいらないよ。はいれないよ。なぜなら、もうわたくしは何もかもできるという風にはなっていないんだ。わたくしはびんぼうな教師の子どもにうまれて、ずうっと本ばかり読んで育ってきたのだ。諸君のように雨にうたれ風に吹かれ育ってきていない。ぼくは考えはまったくきみらの考えだけれども、からだはそうはいかないんだ。けれどもぼくはぼくできっと仕事をするよ。ずうっと前からぼくは野原の富をいま三倍もできるようにすることを考えていたんだ。ぼくはそれをやって行く。
(原稿約一枚分空白)
 そしてわたくしどもは立ちあがりました。
 風がどうっと吹いて来ました。みんなは思わず風にうしろ向きになってかがみ、わたくしはさっきからあんまり叫んだので風でいっぱいにむせました。はんのきも梢がまるで地面まで届くようでした。
「さあよし、やるぞ。ぼくはもう皮を十一枚あすこへ漬《つ》けて置いたし、一かま分の木はもうそこにできている。こんやは新らしいポラーノの広場の開場式だ。」
「それでは酒《さあけ》を呑《のう》まずに水《みずう》を呑むぅとやるか。」その年よりが云いました。
 みんなはどっとわらいました。
「よしやろう。表へ出て。おいミーロ、おれが水を汲んでくるから、きみは戸棚からコップをだせ。」
 ファゼーロはバケツをさげて外へ出て行きました。
 みんなはアセチレン燈をもって工場の外の芝生に出ました。
 みんなは草に円くなって坐りました。ミーロはみんなにコップをわたしました。ファゼーロがバケツを重そうにさげて来て、
「さあコップを洗うんだぜ。」と云いながらみんなのコップにひしゃくで水をつぎました。
 私はその水のつめたいのにふるえあがるように思いました。みんなはこちこち指でコップをあらいました。
「さあまた洗うんだぜ。」ファゼーロが云ってまた水をつぎました。
 みんなは前の水を草にすててまた水をそそぎました。
「もう一ぺん洗うんだぜ。前の酒の匂がついてるからな。」ファゼーロがまた水をつぎました。
「ファゼーロ、今夜一ばんコップを洗っているのかい。」
 醋酸をつくっていたさっきの年老った人が、云いました。みんなはまたどっと笑いました。
「こんどは呑むんだ。冷たいぞ。」ファゼーロはまたみんなにつぎました。コップはつめたく白くひかり風に烈しく波だちました。
「さあ呑むぞ。一二三。」みんなはぐっと呑みました。私も呑んで、がたっとふるえました。
「では僕がうたうぞ。ポラーノの広場のうた。
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つめくさのはなの 終る夜は
ポランの広場の  秋まつり
ポランの広場の  秋のまつり
水を呑まずに   酒を呑む
そんなやつらが  威張っていると
ポランの広場の  夜が明けぬ
ポランの広場も  朝にならぬ。」
[#ここで字下げ終わり]
 みんなはパチパチ手を叩いてわらいました。その声もすぐ風がどうっと来て、むかしのポラーノの広場の方へ持って行ってしまいました。
「おれもうたうぞ。」ミーロがたちました。
[#ここから2字下げ]
「つめくさの花の  しぼむ夜は
 ポランの広場の  秋まつり
 ポランの広場の  秋のまつり
 酒くせの悪い   山猫は
 黄いろのシャツで 遠くへ遁げて
 ポランの広場は  朝になる
 ポラン
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