っともと思われたのです。人道にはたくさんたき火のあとがありましたし、みんなは繃帯をしたり白いきれで顔を擦ったりしながら歩いていました。また並木のやなぎにいちいち石油ランプがぶらさがっていたのです。私は一軒の床屋に入りました。それは仲々大きな床屋でした。向側の鏡が、九枚も上手に継いであって、店が丁度二倍の広さに見えるようになって居り、糸杉やこめ栂《とが》の植木鉢がぞろっとならび、親方らしい隅のところで指図をしている人のほかに職人がみなで六人もいたのです。すぐ上の壁に大きながくがかかって、そこにそのうちの四人の名前が理髪アーティストとして立派にならび、二人は助手として書かれていました。
「お髪《ぐし》はこの通りの型でよろしゅうございますか。」私が鏡の前の白いきれをかけた上等の椅子に坐ったとき、そのうちの一人が私にたずねました。
「ええ。」私はもう明日は帰るイーハトーヴォの野原のことを考えながらぼんやり返事をしました。
 するとその人は向うで手のあいているもう二人の人たちを指で招きながら云いました。
「どうだろう。お客さまはこの通りの型でいいと仰っしゃるが、君たちの意見はどうだい。」
 二人は私のうしろに来て、しばらくじっと鏡にうつる私の顔を見ていましたが、そのうち一人のアーティストが、白服の腕を組んで答えました。
「さあ、どうかね、お客さまのお※[#「月+咢」、第3水準1−90−51]が白くて、それに円くて、大へん温和《おとな》しくいらっしゃるんだから、やはりオールバックよりはネオグリークの方がいいじゃないかなあ。」
「うん。僕もそう思うね。」も一人も同意しました。私の係りのアーティストが、おれもそうおもっていたというようにうなずいて、私に云いました。
「いかがでございます、ただいまのお髪《ぐし》の型よりは、ネオグリークの方がお顔と調和いたしますようでございますが。」
「そうですね、じゃそう願いましょうか。」私も丁寧に云いました。なぜならこの人たちはみんな立派な芸術家だとおもったからです。
 さて、私の頭はずんずん奇麗になり、疲れも大へん直りました。これなら、今夜よく寝《やす》んで、あしたは大学のあの地下になっている標本室で、向うの助手といちにち暮しても大丈夫だと思って、気持ちよく青い植木鉢や、アーティストの白い指の動くのや、チャキチャキ鳴る鋏《はさみ》の影をながめて居
前へ 次へ
全48ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング